『「おとぎの国」の歩き方』
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- 2023年3月4日
- 読了時間: 6分
村に分け入っていくと、
住人とおぼしき人を見つけた。水まきしている。
それが、なんと、金髪!?しかも若い。30歳手前じゃないかな。
「ほれ、自分であいさつせい。英語が通じる。」
「ここここ、こんにちわ!」
「ハーイ。本当に来たね♪ウワサは聞いていたけども。」
「さて。わしはもう帰るが、引き継いでかまわんな?」
「えーっと、大丈夫だとはおもうけど。」ちょっとさみしいけどさ。
「お久しぶりですチュカさん。
お茶だけでも飲んでいっては?クタクタでしょうに。」
金髪の若者は、爺さんに親しげにハグをした。
「ほっほっほ。気持ちだけ頂戴するよ。ではな。」
顔のホクロをつまんで食べるような仕草でおどけると、
爺さんはホントに引き返していっちゃった。
あっさりしてるなぁ。
僕は、金髪のお兄さんに向き直って言った。
「僕はナオト。日本人だよ。
お兄さん、ヨーロッパ人だよね?」
「ロブだよ。よろしく。
僕はイギリス人だよ。血筋としてはね。
ここの住人は、たいていヨーロッパ人だよ。アジア人もいるけどね。
話すのもいいけど、歩きがてらにするかな?案内が必要だろう。
それとも、座ってお茶する?」
「いや、あんまり疲れてないよ。」
「じゃぁ歩こう。」
ロブは、僕を引き連れて歩きはじめた。
「で、何でアジアの山ん中にヨーロッパ人!?」
「もともとここを造ったのが、ヨーロッパ人だからじゃない?」
「何で?何でヨーロッパ人が??」
「そんなに難しい理屈じゃないさ。
昔、インドはイギリスの植民地だったんだ。知ってる?
イギリス人は、インドで紅茶葉の栽培をしたり、スパイスを輸入したりした。
そうして貿易しに来たイギリス人の中で、
その人生に嫌気のさした人間が、いたんだよ。
彼はインドからブータンに渡り、そして、ここまで来た。」
「何のために?」
「だから、新しい生活がしたかったんだよ。
最初は4人でここに来たらしいけど、
長い年月をかけて、少しずつ増えて、村になっていったんだね。」
「わざわざ?僻地に村を造ったの?」
「無政府社会に憧れる人間って、けっこういるよ?
世界のあちこちにあるよ。
大きめのものでいっても、1国に1つずつくらいはあるんじゃないかな。
日本は無いかもね。規制が厳しすぎるんだよ、日本は。
とにかく、そう珍しいものじゃないよ。無政府社会。」
「無政府社会?」
「そうさ。無政府社会。国会もなければ警察もない。
犯罪だらけのスラム街を連想するかい?無理もないね。
でも、無政府社会を好むのは、犯罪者ばかりじゃないんだよ。
ある種の求道者や思想家たちも、無政府社会を好むよ。
まぁ、犯罪者と求道者は、似たもの同士だよ。
犯罪者も求道者も、無政府を好む。
犯罪者は犯罪ばかりするけど、求道者は自由に求道する。
犯罪者も求道者も、芸術作品を好む。
犯罪者はそれを盗んでくるけど、求道者はそれを手作りする。
犯罪者も求道者も、セックスを好む。
犯罪者は相手を犯してセックスするけど、求道者は相手を高めるためにセックスをする。
はたから見れば、どちらも見分けがつかない。
そしてたいていは、犯罪者だと決め付けられてしまう。
だから求道的無政府社会愛好家たちは、人里離れた場所に暮らすんだ。
そうすれば、余計な攻撃を受けなくて済むからさ。
でも、人里はなれた場所には、エアコンも電気もない。
だからあらゆる求道テキストは、『まず質素であれ』と説く。
質素な、キャンプのような生活を苦にしないようでないと、
人里離れて暮らすことはできないからね。
別に、電気を使っちゃいけないわけじゃないんだ。
この村も、電気も使ってるよ。」
ロブは、通りかかった家の庭の外灯を、パチっと点けてみせた。
昼間だからわかりにくいけど、たしかに、灯りが点った!
「どうなってんの!?」
「あはははは!
ここに来るような人たちって、天才が多いんだよ。
だから、発電機を自作できちゃったりもする。」
「すげぇ!」
「電灯だけじゃないさ。案外いろんなものが揃ってるよ。技術もね。
みんな何かしら、知恵や技術を持ってる。
みんなそれを、出し惜しみしないんだ。全ては村の共有財産になる。
今となっちゃ、美容師もいっぱいいるし、芸術家もいっぱいいるよ。」
ロブはそう言うと、
また通りすがりの家の玄関に、ずかずかと入っていった。
「ほら、見てごらん?」
玄関ホールから中をのぞくと、
大きな立派な絵が、何枚か掲げられてる。
ロブは、隣の家にも入っていく。
こっちもやはり、鮮やかな絵が飾ってある。
さらにもう1軒のぞく。
あり?この家は殺風景だな…。この家は、庭も殺風景だ。
「貧富の差があるってこと?」僕は尋ねる。
「貧富に差があるわけじゃない。芸術性に差があるだけさ。
この村のアートは、誰も買ったりしていない。
どれも、持ち主が自分で創ったものさ。自分で彩ったものさ。
知ってる?
芸術ってのは、買うならそれは、芸術じゃないんだ。
芸術が好きなんだろうけど、その行為は『芸術』じゃない。『ぜいたく』さ。
芸術家でありたいなら、自分で創るしかないよ。
芸術家というのは、創る人のことだよ。彩る人のことさ。
この村には貧富の差はないけど、芸術性には個人差がある。
だからアーティスティックな家とそうじゃない家がある。」
深いなぁ。これがあの国境の爺さんが言ってた、若い仙人ってヤツか。
「ロブも、龍なの?」
「龍?ああ、魂の話か。
僕は龍じゃないよ。」
「龍じゃないのに、ここまで来れたの?」
「龍じゃないし、ここまで歩いてきたわけじゃないんだ。僕はね。」
「どういうこと?」
「僕は、ジュニアさ。子孫だよ。
この村に来た人たちも、セックスをするし、子供を産むさ。」
「あぁ、そうか。
ね、思ったんだけどさ?
ロブたちは、何のために生きてるの?」
「どうだろうね?あんまり考えたことないけど、
『美しい暮らしがしたい』んだと思うよ。ここの人たちは。
だから、家をカムフラージュするにしても、美しい方法を考えたんだろう。
ヨーロッパ人はもともと、アジア人よりも芸術が好きだね。
家にせよ服にせよ、とにかく美しいデザインのものを好むよ。
この村の開拓者たちがインド暮らしに嫌気がさした理由に、
そういうのもあるかもね。
殺伐としたアジアのど真ん中だけど、ヨーロピアンな村を作りたかった。
または、貿易とか奴隷とかやめて、芸術に打ち込んでいたかったんだよ。」
村には、美しい川が流れてる。汚染されていない、美しい川だよ。
美しいブロンドの女の子が、黒髪の女の子と遊んでる。
その友情も美しく、そのたたずまいも美しい。
「美かぁ。」
ロブの言っていることが、なんとなくわかるような気がした。
「あ、そうだ。」
川沿いを、ロブはさらに歩いていった。
集落はもう途切れて、広大な山並みばかりが見える。
景色だって美しいよ、ここは。盆地って悪くないな。
近づくまで気づかなかったけど、
歩いた先にあったのは、墓地だった。
墓地だって美しいよ。白い墓石には、やっぱりツタがからまっててさ。
そして中に、ひときわ大きな石碑があった。
「これ、僕の祖父さんが遺した言葉なんだ。」
飛行機の飛び交う新時代。もはや、地球のどこにいようとも、
飛行機とTVクルーが追いかけてくる。そうなればもう、村の暮らしは崩壊する。
求道的無政府社会に暮らす我々は、この時代、
”もう1つの旅”を覚悟せねばならない。
遠い遠い、遠い地まで旅立たねばならないが、それは一瞬で終わる。
その旅先に、新たな無政府社会がある。ユートピアがある。
…あなたが、美しく生きるのであれば。
GOOD LUCK
『「おとぎの国」の歩き方』