『かのんのノクターン』
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- 2023年4月13日
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エピソード2
実際、かのんは、
自分がピアノを愛しているのかどうか、よくわからなかった。
世の大人たちが毎日働き続けなければならないように、
かのんもまた、毎日ピアノを弾き続けなければならなかった。
愛しているかどうかなんて、あまりどうでも良いことなのだ。
使命感のようなものだと言える。
学校の合唱コンクールでは、決まりきったようにピアノ役に任命される。
すると、かのんの練習時間は7時間に増える。
母親は、合唱曲の練習をあまり喜ばないが、
学校にも色々と折り合いというものがある。担わなければならないものがある。
最優秀伴奏者賞でも獲れば報われるものもあるが、
合唱コンクールの賞というのは、単純な技術の比較ではない。
クラスメイトたちの決めた合唱曲が、難易度の低い単純な曲であれば、
その時点でもう、受賞の可能性はほとんど消えうせる。
そんなかのんも、一度だけピアノ伴奏で賞を獲ったことがある。
中学1年生の時のことだった。
かのんのクラスは「心の瞳」という唱歌を歌った。あまり難しい曲ではない。
かのんは賞を狙っていたりはしなかった。もともと野心家ではない。
かのんはコンクールの本番中、
自分やクラスメイトたちの歌う「心の瞳」に、強烈に感動してしまった。
そして、思いがけず、弾きながら涙を流してしまったのだ。
手で拭わなければならないほど、ポロポロ、ポロポロと。
手を離せば演奏は乱れるが、それは仕方のないことだった。
演奏が乱れれば、会場の誰もがかのんの涙に気付く。
涙のせいで、演奏としてはボロボロの出来だったのだが、
涙のために会場の感動を誘い、かのんは最優秀伴奏者賞を受賞することになる。
『かのんのノクターン』