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エピソード10 『人魚たちの償い』

エピソード10

父は探索していた。

昼間私が歩いた岩場を、歩いているときのことだった。

父は波打ち際に、ぼやっと光るものを見つけて、目をこらした。

人だ!上半身だけが岩に打ち上げられたような格好で、たゆたっている。

髪の長い長い、女性ではないか。

あの船の乗客の一人かもしれない。助けてやらねば。

「大丈夫ですか!」と叫びながら駆け寄ると、

しかし意外にも、その人は意識があり、笑みまで浮かべていた。


「大丈夫です。あなたたち以上に、私は元気です。」女性はゆらゆらと言うと、

いったん上半身も海に沈みこみ、そしてくるっと宙返りをしてみせた。

大きな尾びれが、鋭い水しぶきをあげた。

「人魚!?」父は目を見開いた。

「そうです。私は人魚です。また会えましたね。」

「昨夜助けてくれたのは、まさか、あなたか!?」

「そうです。私とその友人たちです。」

「信じられない…!!」

「しかしあなたは、オカルト信者でもなければ幻覚患者でもない。」

「それはそうだが…

 やはり私は、今朝死んだのか?死後の世界か?これは。」

「戸惑うのも無理はありません。

 別に私のことを信じなくても、かまいません。

 疑われ、煙たがられることも、私たちのカルマの1つ…」

「な、何を言っているんだ?」

「うふふ。私事でした。ごめんなさい。

 とにかく、信じよなんてことは申しません。

 私は、あなたを助けたいだけです。」

「私を、助ける?」

「はい。食事と寝床にお困りだと思います。

 明日朝起きたら、この岩場をさらに先まで進んでください。

 そう遠くありません。300フィート(約90m)でしょうか。

 天然の岩倉があります。そこなら風雨くらいはしのげましょう。

 次にお食事。

 陸地に変わった木が生えているのは、おわかりですね?

 ヤシという、南国特有の植物です。

 この木は、大きな実を付けます。」

「それは、昼間に見たな。しかし、硬くてどうにもならん。」

「はい。とても硬いですが、

 同じように硬いものを打ち付けて、どうにか割ってください。

 中にサラサラの液体が入っているでしょう。

 それは飲み水の代わりになります。栄養も取れます。

 また、液体を飲み干すと、白い果肉があらわになります。

 これは食料になります。美味しいかはわかりませんが、飢えはしのげるでしょう。」

「ほ、本当なのか?それは!」

「本当であるかを議論しても、証明はできません。

 どうか、朝起きたらご自分でお確かめください。」

「しかし…!」

「『人魚は人に災いをもたらす』

 そうおっしゃりたいのでしょう?

 それもまた、間違ってはおりませんが、

 今は人助けをしています。相手があなただからです。

 穴倉までの道は、そう険しくはありません。

 命を落とすことはないでしょうし、

 クツをはいていれば、ケガすることもないでしょう。

 距離も300フィート程度です。もし600フィート歩いても見つからないなら、

 そのときは引き返してきてくださって結構です。死ぬまで歩く必要は無いのです。」

「そ、そのヤシというのは?」

「毒ではないと証明することは、困難ですね。

 あまりに信用できないようでしたら、

 飢える直前までは口になさらないのが良いと思います。

 飢え死にしそうなときであれば、毒で死のうがあまり変わりはありませんね。」

「た、たしかにそうだが…」

「今宵はこのあたりにしておきます。

 あなたとご家族の無事を、心からお祈り申し上げます。」

そう言うと、人魚は海に潜っていってしまった。


『人魚たちの償い』

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