エピソード10 『真理の森へ』
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- 2023年3月18日
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エピソード10
昼食を終えると、車は再び走りだしました。
のどかで美しい町並みを10分も走ると、また停まります。
「着いたよ。
ここが今日から、君の家さ。」
それは、郊外の大きなマンションでした。
ルネサンス建築ではないけれど、とても重厚な建物です。
トゥーリは私のキャリーバッグを持ち、
2階の角の部屋まで先導してくれました。
インターホンを押すと、
中から40歳くらいの女性が顔を出しました。
トゥーリはなにやらフィンランド語で、
トゥーリと私の紹介をしたようでした。
そして、ホームステイ先で間違いないことを確認すると、
私を彼女に引き渡し、家に帰っていきました。
「はじめまして!私は翔子です!」
私はひどく照れながらその女性に自己紹介をし、
今度は自分から、握手を求めました。
トゥーリの様子を見て、
私も少し、人なつこさを身に着けたほうが良いかなと感じたのです。
「ハイ、翔子!遠いところからようこそ♪
私はカティ。そして後ろにいるのが…アンティよ。」
カティが体を傾けると、リビングのドアのそばに、男性がはにかんでいました。
カティもアンティも、優しそうな顔をしています。私はホっとしました。
…ホームステイというと、
グランドマザーがいて、両親が居て、子供と大きな犬が居て…
とにかく大家族をイメージしますが、
この家庭はそうではありませんでした。
カティとアンティ、40歳くらいの夫婦の二人暮らしです。子供はいないそうです。
カティは、私をリビングに招き入れると、
美味しいカフェオレを淹れてくれました。そして、手作りケーキ。
こうしてコーヒーと手作りスイーツで客人をもてなすのが、
フィンランドではおなじみなのだそうです。
日本人はファミレスでお茶をしたがりますが、
フィンランド人は家でお茶をするのです。
「こんなに大きなマンションに住めるなんて、
アンティは高級稼ぎなんですね!」
私は、ケーキをほおばりながら話題を作りました。
「とんでもない!
僕の給料なんて、日本人の大卒1年目くらいじゃないかな。
カティと折半してるから、こんなマンション住めるんだよ。」
「大卒と同じ!?それはジョーク?」
「ジョークじゃないよ。恥ずかしながら。
俺も、平均的なサラリーは稼げてはいるけれど、
それにしたって、フィンランドは税金が高いんだよ。
平均的なお給料の人でも、サラリーの50%くらいは持っていかれてしまう。
でもだから、充実した社会福祉が実現できているわけさ。」
「50%?そんなに!?」
「そうだよ。日本は消費税と所得税を合わせても、20%程度だったかね。
フィンランドは日本の2.5倍ということだね。」
「それで、生活がまわるんですか!?」
「回るよ。回ってるみたい。」
「フィンランドの物価って、日本と同じくらいですよね?むしろ高いくらい。
マクドナルドのカフェオレ、日本より高いくらいでした。
それなのに、どうして暮らしていけるの?
日本人だったら、そんなお給料じゃ暮らしていけない…。」
「そうかな?
暮らしていけないと思い込んでるだけなんじゃいかな?」
「え!?どういうこと?」
「フィンランド人が、サラリーの50%を税金で持っていかれても暮らせる理由は、
『ぜいたくをしないから』なんだとおもうよ。
少なくとも、一般的な日本人よりは質素なんだろうとおもうな。
そうだな。
まず、俺たちフィンランド人は、
外食をあまりしないよ。レストランはとても高いんだ。
だからもっぱら、家でご飯を食べる。
それに、ショッピングを趣味にする人はあまり多くないね。
日曜日に街に買い物に行ったりはしないんだ。レジャースポットにもあまり行かない。」
「あ!」私は、日曜のヘルシンキがガラガラであったことを思い出した。
「日本人やフランス人は、娯楽や観光に忙しいよね?
それと、旅行の頻度なんかも、
日本人やフランス人よりずっと少ないんじゃないかな?
フィンランドのホテルは高いしね。
フィンランドは、
レストランやホテルに限らず、
日常生活にあまり必要のないぜいたく品は、かなり高額だね。
ミルクやパンの値段は、日本とそう変わらないだろうけれど。
結局さ?
ミルクを毎日10セント安く買ったところで、
そんなちっぽけな倹約は、月に1度もレストランでディナーをすれば、
あっけなく吹き飛ぶよね。あまり意味のないことなんだよ。
消費税が数%上がっても、大して騒いだりもしないよ。そもそも消費が少ないからね。
それよりも、
ショッピングを減らしたり外食や旅行を減らすことのほうが、
ずっと出費を抑えることができる。
外食やレジャーやショッピングを控えれば、
10セントどころか、100ユーロか1000ユーロは減らせる。ジュウマンエン。
日本人は、そのことに気づいていないんじゃないかな?
それで、教育も医療もお金がかからないのだから、
いくら俺らに子供がいるとしても、別に暮らしには困らないとおもうよ。
ぜいたくは出来ないけれど、暮らしには困らない。
オシャレな国って言われてるけど、バブリーじゃないよ。
学校の教科書なんかも、毎年みんなで使いまわしてるしね。
ぜいたくは出来ないけれど、暮らしには困らない。
暮らしには困ってないけど、ぜいたくはしないんだ。
それがフィンランドのお国柄じゃないかな。北欧はどこもそうだろうけれど。
あとは、嫁さんもちゃんと稼いでくるしね。」
「あ、そう!カティも働いてるの?」
私はてっきり、専業主婦かと思っていました。
手作りケーキで客人をもてなすなんていうのは、専業主婦のイメージがあります。
「うふふ。私も働いてるわよ。
普段平日のこの時間は、家にいたりはしないわ。
フィンランドでは、ほとんどの夫婦が共働きよ。日本だって最近はそうでしょ?」
「えぇ、たしかに。
でも、日本のOLは、手作りケーキなんかやらないんじゃないかな…」
「そりゃ、日本人は働きすぎなのよ!噂はかねがね聞いてるわ。
もっと、私生活を大切にしたらいいのに…
私たちフィンランド人も、週休2日がベースだけれど、
かといって、夕方4時か5時にはもう、家に帰ってきてるわよ?
そうして、プライベートの時間を大切にするの♪」
フィンランド人のほうがバランス感覚が良い。私は、そう思いました。
『真理の森へ』