エピソード13 『イエスの子らよ』
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- 2023年3月3日
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修道院の暮らしっていうものが、大体つかめてきたわ。
マナーにはとてもうるさいけれど、あんがい自由なの。
やることはいっぱいあるけど、何するかはだいたい、自分で決められる。
成人棟の人たちは、もうちょっと制約があるんでしょうけど、
幼年棟の私たちは、かなり自由なの。
私もエルサも飽きっぽいから、毎日いろんなことやるわ。
すると自然と、いろんなことができるようになっていくのよ。
苦手だったお裁縫も、ボタン付けくらいはすぐ出来るようになったしね。
でも、自由に動いていいのは、あくまで修道院の中だけ。
教会の門番は、外からの侵入者を見張ってるだけじゃなくて、
脱走しようとする修道女たちのことも、見張ってるわ。
外に出ることは許されないの。
里帰りもできないし、ちょっと海にレジャーに行くなんていうのも、できないの。
1年に1度も、レジャーできないの!?それじゃちっ息しちゃうわ!
私は、誰かの大きな修道服を干しながら、エルサに言った。
「ひょっとして、
修道女って、世界一不幸なんじゃないの!?」
「そんなことないわよ。
世界一幸せかどうかは定かじゃないけど、世界一安全じゃない?
それだけでも、喜ぶべきだとおもうけど?」
「世界一安全?ここが?」
「そうよ。女の園だもの。
修道院の中にいれば、男に殴られることはないのよ。
男にだまされることもないわ。
男に押し倒されることもないのよ。下着も盗まれないし。
こんなに安全な場所って、あるかしら?」
「…なるほど。
でも、女の人にいじめられるかも?あのノッポのシスターとか。」
「そうよ。だから、女同士でうまくやる練習をしてるのよ。私たち。
それも修道院で学ぶことの1つらしいわ。
別に、みんなと遊べってことじゃないのよ。ケンカしないことが大事。
ルール守ることも大事だし、ガマンすることも大事。優しくすることも大事。」
「息がつまっちゃう!」
「そうよ?だから、ネコかぶらないことも大事ってワケ。
だからアタシ、あなたにはホンネなのよ。」
「そこまで考えてたの!?」
「なんとなくね。
なんとなく、ネコかぶらなくていい相手を嗅ぎわけるわ。
それはそうと、
あのノッポのシスターだって、あなたをいじめてるわけじゃないのよ?
あなたがルール破るから、注意するだけよ。立場的に。」
「そうよね…」
「知ってる?怒るほうもツラいのよ?」
「そうなの!?」
「そうよ。だって嫌われちゃうもの。
あなた、あのノッポのシスター嫌ったでしょ?
シスターはただ、あなたのために、みんなのために、
ルール破る人を注意しただけよ。
悪いのはルール破ったほうなのに、
注意したほうが嫌われちゃう。そんなのってかわいそうだわ。ヒサンよ。」
「そうね…。」
「そういうことなのよ。
誰かがルール破ってるうちは、誰かが『怒り役』っていう貧乏クジ引かなきゃだし、
誰かがルール破ってるうちは、みんなで仲良くはできないの。
いくら女の園でも、平和では暮らせないってこと。
でも、幼年棟の子たちがルール違反することなんて、
シスターたちは折り込み済みだわ。
子供だもの。さわぎたいし、テーブルマナーもうっとおしいわ。
でも、成人棟に移るころには、自然とおしゃべりも飽きてるし、
ガチャガチャ食べるのはカッコ悪いなって、感じるようになってるのよね。
そういうもんらしいわ。人間って。」
「ねぇエルサ。
私、ノッポのシスターに謝りに行きたいわ。
『シスターのこと嫌ってごめんなさい』って。
どこにいるか知らないから、一緒についてきてくれる?」
「あはははは!
夜中にまた音楽室に行けば、シスターに会えるわよ!」
「もう、ひどいわ!ホンキで反省してるのに!」
『イエスの子らよ』