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エピソード14 『真理の森へ』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月18日
  • 読了時間: 4分

エピソード14

いよいよ、授業が始まりました。

ビックリです!

なぜかって?教室にもトゥーリがいるのだから!

「あれ?コレも以前、メールに書いたはずだぜ?

 俺も君と同じタイミングで、環境学を学びたくなったんだよ。

 まぁいいんじゃない?通訳もしてあげられるしさ。ハハっ!」

まぁ、たしかに好都合かもしれないけど…


最初の授業は、グループ・ディスカッションでした。

各国から集まった留学生たちが、それぞれ、

母国の自慢の環境対策について、紹介するのです。

「日本人の英語力に合わせよう」ということで、

私が一番最初に論説することになりました。ハイ。私の英語力に合わせてクダサイ。

「日本は、技術力の高い国です。それは環境問題にも発揮されています。

 エアコンやテレビは省エネ能力が高く、ハイブリッドカーも世界で好評です。

 近年は、太陽光パネルの普及が目覚しく、その品質も世界トップレベルで…」

「あはははは!省エネエアコンを作ることなんて、環境問題対策とは言わないよ!」

私はギョっとしました!

初授業の初対面だというのに、私の意見にチャチャを入れる人がいたのです…

彼は、ドイツ人の青年でした。赤茶けた髪の、そばかすだらけの顔をしていました。

私は助けを求めて、子犬みたいな表情で教授の目を見ました。

教授は、予想外にも、「彼の意見を聞いてみようか?」と澄ましています。

「オレ、しゃべっていいの?

 いいかい?ジャパニーズ。…えぇと、何だっけ?名前。」

「私?翔子です。ショーコ。」

「ソーリー!ショーコ。

 いいかい?ショーコ、

 君の国で省エネエアコンが売れて、それで消費電力は減ったのかい?

 電力量は、家電インフラが整いきった21世紀を過ぎても尚、上がり続けてんだろ?

 なぜだと思う?

 エアコンが省エネになったって、人間はこう考えてしまうんだよ。

 『エアコンが省エネしてくれるから、がんがんエアコンかけよう』ってね。

 それで結局、電気代も消費電力も、減らないのさ。

 しかもクーラー病になって、医療費までかさんじゃって。あはははは!」

「今の意見を聞いて、どう思う?ショーコ。」

教授は、ニヤニヤ笑いながら私を見つめている。

「はぁ。えぇっと…」

私は、何も言い返せない…


「じゃぁ次に、君が話してみようか?ミヒャエル。」

教授は淡々とディスカッションを仕切る。あのドイツ人はミヒャエルというのか。

「ドイツの環境対策?

 そうだなぁ。近年は、自転車で通勤する人が増えてるよ。北欧に影響されてるんだ。

 ドイツは最近、アメリカより北欧をリスペクトしてるよ。それ、良いことだと思うなぁ。」

「なぜ、自転車通勤が環境対策なのかな?」

誰も口を挟まないので、教授がミヒャエルに口を挟んだ。

「なぜって?聞くまでもないだろう?

 自転車通勤が増えるってことは、マイカー通勤者が減るんだよ。

 それだけで排気ガスも減るし交通渋滞も減る。ガソリン資源の浪費も減る。

 そういうのが大事だよ。機械に頼るんじゃなくて、人間が体を動かさなきゃ!」

ミヒャエルは、私の目をチラっと見ながら言った。


論説は続きます。次はトゥーリの番です。

「フィンランドの環境対策… 

 フィンランドは、

 老人や子供、シングマザーなど弱者が安心して暮らせる超福祉社会を構築している。

 また、教育にとても力を入れている。

 1クラスの人数は25人未満に抑え、母親たちもボランティアで教員補助に加わり…」

「ちょっと待てよ!環境問題の話だぜ?エコロジーだ。

 なんで福祉とか教育の話になるんだよ?」

また、例のそばかすミヒャエルが割って入った。

「ハハっ!俺の話、おかしいかな?

 …まぁ、おかしいか。たしかに、福祉や教育はエコロジーとは別分野だね。

 しかしだな、

 『環境』って何だい?人間にとっての環境。

 環境ってのは、二酸化炭素の濃度や雨のペーハーばかりじゃないだろ。

 暮らしに関わること全てが、『環境』だよ。

 すると、環境を良くするっていうのは、

 老人でも安心して住めるようにしたり、貧乏でも医療が受けられたり…

 そうした、『あらゆる事象のトータル』のことじゃないのかな?

 つまりさ、

 既存の環境学の守備範囲のほうが、間違ってるんだよ。狭過ぎるんだ。

 環境学なんて学問作るなら、そりゃあらゆる分野の統合でなくちゃ足りないよ。

 俺、そう思ったんだけど?」

「………。」場が沈黙する。みんな、トゥーリの言葉について、考察している。


「ププ!」

教授が、妙な噴き出し笑いで沈黙を破った。そして続ける。

「トゥーリ?君、明日からもう、来なくていいよ。バァーイ!」

「えー!俺、なんか悪いこと言ったかな!?

 追放だけは勘弁してくれよ!教授~!」

トゥーリは、アメリカのコメディ映画みたいに両手を広げ、肩をすくめた。

「はっはっは!誰が『追放』だなんて言った?

 君は追放じゃないよ。『卒業』だ。

 授業開始5分で、君はもう、エコロジーを卒業してしまったよ。」

「卒業!?」みんな、口をそろえて聞き返す。

「はっはっは!そうだよ。卒業だ。

 今の君の論説が、君の卒業論文だ。私はもう、受け取ったよ。

 この授業の単位は贈呈する。もう授業に出なくていいからね♪」

「……!?」


『真理の森へ』

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