エピソード16『「おとぎの国」の歩き方』
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- 2023年3月4日
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そうして僕は、このダライラマ村を出発したんだけど…
朝も早くから、とんでもないことが起きた!
あの婆ちゃん、とんでもなく歩くのが速いんだ!
「婆ちゃん!待ってよ!」
僕が呼び止めるのも無視して、
婆ちゃんは、どんどん歩いていってしまう!
婆ちゃん、マカオで競歩の選手だったんだろう。それくらい速い。
走れば追いつけるんだろうけど、
なにしろ背中には、50リットルのバックパックを背負ってるからさ。
…ものの10分で、
僕は、人気(ひとけ)のない山道に、取り残されてしまった…
どうしよう?
引き返したところで、あの村には婆ちゃん以外の人影はなかった。
番猫は、暖めてはくれてもご飯はめぐんでくれないだろうし…
するってぇと、歩くしかない。あてもなく。
僕は、とにかく歩いた。
幸いにも、道は常に一本道だった。
上ったり下ったり、細くなったり太くなったりしたけど、とにかく一本道だった。
時々、小さなほこらや納屋が見え、
そのつど人がいないか確かめに寄ったけど、どれも無人だった。
とうとう日も傾き始めた。
婆ちゃんは、「歩いていけなくもない」と言っていたけど、
よく考えてみりゃ、こんなに曖昧な言葉ってナイよな。
「歩いていけるが、10日かかる」のかもしれないし、
「あの婆ちゃんの足腰なら、行けなくもない」のかもしれないし。
とはいえ僕は、足を止めるわけにはいかない。
どんだけ辛かろうがアホらしかろうが、婆ちゃんが憎かろうが、
やめるわけにはいかなくなっちゃたよ。
夕日が沈みはじめるのを見て、今日中にたどり着くのは断念した。
こんなところに村があるとは思えなかったから、
次に見つけた納屋でストップして、そこで風雨をしのぐことにした。
お腹が減った!朝ご飯以降、何も食べてない。
食べられる草とかナイのかな?よくわかんない。
フルーツが実ってたりはしない。
高地だから余計に、食べられる植物は少ないんじゃないかとおもう。
そもそも暗くて見えないし、
探すことはあきらめて、空腹に耐えることにした。
空腹に耐えるというのは、地味に苦しい。地味に難しい。
苦しむくらいなら死にてぇ!なんて感じたりもするけど、
どうせ、飢え死にするためにはまだあと30日くらいはかかるんだろう。
そう考えてみると、
空腹なんてのは、たいした危機じゃないのかもしんないな。
危機のように感じて、すぐに何か食べようとしちゃうけどさ。
そんなこと考えてると、
考えてる間は空腹を忘れてられるってことに気づいた。多少はマシだ。けっこうマシ。
そうか、何か考えればいいんだな。
あの婆ちゃん、
本当にマカオから歩いてきたのかな?
マカオからずーっと歩いたら、どんだけの距離がある?中国横断じゃないの?
それはムチャだろう。
いや、あの婆ちゃんなら出来るかもしんないな。競歩の選手だし。
いや、マカオ出るときから歩くの速かったのかな?
中国横断してるうちに、足腰鍛えられたのかもしんないよ。
いや、並の体力しかない女性が、歩いて中国横断しようなんて考えるか?
するとやっぱり、最初から歩くの速かったのかな…
…考えたって、わかりっこないことさ(笑)
でも、真実がどうかなんて、どうでもイイことなんだ。
とにかくヒマ潰しにはなったし、空腹を少しは忘れさせてくれた。
『「おとぎの国」の歩き方』