エピソード17
彼の音楽活動は、
特別賞の受賞や観客動員数の増加とともに、少しずつ、忙しくなってきた。
ライブハウスだけでなく、ショッピングモールのようなところで歌うことも増えてきた。
ラジオ番組にゲスト出演することも出てきた。曲が流れるだけじゃなく、トークもするのだ。
ラジオ番組に物販スタッフなど必要ないのだが、なぜか私は、ついていく。
彼がそれを止めないでいてくれるので、何も言わずに、ついていく。
すると、なんだかんだで、週に2回くらいのペースで、彼と顔を合わせるようになった。
週に2回もデートしてるカップルって、どれくい居るだろう?そう多くないと思う。
それを考えてみると、今のこの状況は、割と恵まれている気がした。
恋人同士ではないけれど、彼に週2も会えるのだ。
私のアルバイトのシフトは、彼の音楽活動に合わせて組まれる。
もはや、そういうスタンスだ。
そして、大学の授業なんていうのは、もはやどうでもよくなっている。
とりあえず、卒業はしておかなくちゃと思っているが、あとはどうでも良い。
ラジオ出演は、彼の人脈も広げていく。
人脈が広がるということは、ブレイクのチャンスが拡大するということでもあり、
また、恋のライバルが増えていくことも、意味する。
あるとき、
アイドル声優なジャンルの女性タレントが、彼をラジオに呼んだ。ゲスト出演だ。
それくらいは、あまり特筆する話ではない。
そのアイドル声優のMちゃんは、どうも、彼のことが気に入ったらしい。
たった1ヶ月後に、また彼をゲストに呼ぶ。
そして、番組の中で、
「一緒にライブ・イベントをやろう!」などという約束を交わしてしまったのだ。
このイベント参加については、
彼のファンたちの間で、ずいぶんと物議をかもした。
「アイドル声優?それってちょっと、低俗すぎるんじゃないの?
低俗ではないにしても、○○クンの方向性とは合わないんじゃない!?」
という具合だ。
私も、そう思った。アイドル声優と一緒に仕事をすることは、
むしろ、彼の経歴に汚点となってしまうのではなかろうか…?
私はそれとなく、私らファンたちが思ってる懸念を、彼にぶつけてみた。
「うん。アイドル声優とコラボするのは、普通に考えれば、ちょっとためらうよ。
でも、Mちゃんって普通のアイドル声優と違うでしょ?
彼女は、ただキャピキャピしてるだけじゃないよ。思想を持ってるよね。
だから僕、彼女とならコラボしても良いかなって、思ったんだ。」
ちゃんと色々、考えているらしい。
確かにMちゃんは、彼と相通ずるような思想を持っている。
その思想を、歌やトークに載せて、ガンガンと発信しまくる。
そもそも、そういう精神性が無ければ、彼のことを気に入ったりはしないだろう。
とりあえず、イベントをするのは良しとしよう。
しかし…やはり私は、一人の女として、嫉妬心に苦しんでしまう。
彼らは、イベントの練習と称して、ときどき一緒にスタジオ練習をするのだ。
さすがにスタッフの私も、練習スタジオまで同伴するわけにはいかない。
するとMちゃんは、彼と二人っきりで練習しているのだ。
…練習だけだろうか?
おしゃべりもいっぱいするだろう。帰りに食事もするだろう。そして…?
彼の性格からして、その先があるとは思えないが、無いとも言い切れないのだ。
なにしろMちゃんは、彼のファンではないし、自分からアプローチする積極性がある。
彼の理論からすれば、Mちゃんが強く押しさえすれば、
彼とMちゃんは男女の関係になる可能性が、ある。
ファンのコたちは、実際のところ、
コラボの相手がアイドルであるかどうかは、あまり重要でないのだ。
俳優だろうがロックシンガーだろうが、女の子が彼にまとわりつくのが、面白くないのだ。
ファンの子たちだけでなく、私にしても、同様なのです。
私は、そんな葛藤について、
放送部の仲間たちに打ち明けてみた。
例の先輩は、即答で言う。
「釘さししておけば?
時々は、3人で会う機会もあるんでしょう?
そういうときに、
『アタシは彼の女なのよ!』的なアピールを、それとなくすりゃイイのよ!」
「えー?でも私、彼の恋人ってわけではないし…」
「実際に恋人じゃなくたってイイんだよぉ。
そういう『匂い』さえ漂わせておけば、とにかく、そのMちゃんは彼に近づけないでしょ?」
うーん…。なんだか、フェアじゃないような気がする。
彼はとてもフェア(誠実)に生きているというのに、
その彼を、アンフェアな方法で囲いこむのか?うーん。どうなんだろう、それ。
『私の彼は有名人』