エピソード19 『私の彼は有名人』
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- 2023年3月27日
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エピソード19
楽曲提供の仕事は、それなりの収入を、彼にもたらした。
楽曲の売り上げ具合から言えば、もしそれが印税計算なら、そうとうな額になったろう。
しかし、ゴーストというのは買い取り方式になるので、あまり割りはよくなかった。
追加の成果報酬を主張すれば、貰えたのかもしれない。
けれども彼は、そういうことをしなかった。したがらかなった。
「金銭的な成功は、別に望んでいないから」と、涼しい顔で言っていた。
そうして得た臨時収入で、彼は、音楽の機材を買い込んだ。
パソコンで打ち込みをするというのだ。レコーディングまで、自分で勉強するという。
普通、アコギ系のシンガーソングライターは、そこまでは自分でやらない。
打ち込みというのは、ピアノが上手じゃないと、まっとうに行えないからだ。
彼は、ピアノが上手なわけではない。
けれども、地道に勉強し、努力したがった。
彼は結局、歌を唄うだけでもなければ、作詞作曲をこなすだけでもない。
ギターも弾き、パーカッションもかじり、打ち込みもやり、録音もやり、
編集やマスタリングまで、自己完結した。
ホームページも自分で作ったし、CDのジャケットも、自分で手がけた。
こんなに多彩なミュージシャンは、彼以外に存在するのだろうか?
「全ての演奏を本人が行った」というようなCDは時々見かけるが、
録音やジャケットデザインまで自己完結した話は、聞いたことがない。
私は、彼の多彩さに見惚れるが、
それ以上に、その類まれなる向上心に、敬服してしまう。
彼は、その気になれば音楽だけで食べることも出来たはずだ。
でも彼は、普通の賃金労働も掛け持ちし続けた。
「どうして?ストレス溜まるし時間掛かるし、わずらわしいだけじゃない?」
と、私は尋ねる。
「社会性を身につけることも、人間として大切なことだから」
と、やはり涼しい顔で、言ってのけるのである。
『私の彼は有名人』



