プロローグ
「あなたのお住まいはどこ?」そう尋ねられたとき、
私はいつだって、こう答えるわ。
「私は、迷路に住んでいます♪」
ウソつくな!ですって?
ウソなもんですか!ホントのことよ。
私は、迷路に住んでるわ。迷路の町に住んでるの。
エピソード1
ピュルリルー!
水路の町に、高らかな口笛が鳴り響いた。
「あ、パパだわ!
もぉ、宿題始めたばっかりだっていうのに!」
私はノートとペンをほっぽり出して、
ダイニングテーブルのバスケットをつかむと、一目散で外に出る。
「間に合ったー!」今日もセーフ。毎日セーフ。かけっこ速いんだから♪
私は、家の前の、橋の真ん中まで駆けていって、
取り付けたフックに、バスケットを引っ掛ける。
渡し舟が近づくタイミングを見計らって、
急いで、でも慎重に、するするとバスケットを下ろす。
「ナイスキャッチ!」
パパは、舟の上で、
サーカスのピエロみたいに大げさな手振りで、
私の下ろしたバスケットを、キャッチ!
渡し舟のお客さんたちは、拍手かっさいで大喜び。
「グラッツェ、カロリーナ!愛してるよ!」
パパは今度は、オペラ俳優みたいに大げさな身振りで、私におじぎする。
私もおどけて、スカートのすそをつまみ、
レディふうのおじぎで、それに応える。
パパが1つ目のパニーニをほおばるのを見届けて、
私は家の中へと、戻る。
「ふぅ。今日もお仕事完了♪」
わかっていただけたかしら?
コレだけのヒントじゃ、わかんないかなぁ。
私が住んでいるのは、
イタリアのヴェネチカ。「水の都」と呼ばれる町よ。
聞いたことない?見たことない?
すみずみまで水路が張りめぐられた、迷路みたいなヴェネチカのこと。
私のパパは、
その水路で舟のタクシーをやっているの。渡し舟っていうやつ。
パパは、小さいころから、自分でイカダを造ってこの水路を探検してたから、
陸の道より水路の道のほうが便利だってこと、気づいちゃったの。
それで、大人になったら大きな大きな渡し舟を作って、
水上タクシーをはじめちゃったの。
私のパパが、この町で一番最初に、タクシーやったのよ?
それで私が、パパにお弁当を届ける当番なの。
ママ?ママは死んじゃったわ。だから私がやるの。
昔はね、宿題のジャマされることなんて無かったわ。
いつも決まった時間に通っていたから。
列車みたいに、決まった時間に決まったコースを走っていたの。
でもだんだん、お客さんの数が増えてきて、ライバルの数も増えてきて、
それで毎日デタラメな時間になっちゃった。
だから私は、宿題をしててもおままごとをしてても、気が気じゃないわ!
パパの口笛が聞こえたら、10秒で橋まで行かなくちゃならないんだから。
ホントは私、もうバスケット係やらなくてもいいのよ?
なんでかっていうと、パパが決めたルールなの。
「バスケット係は12歳まで」ってね。
私もう13歳だから、卒業してるはずなの。
でも、弟のルチアーノは、引き継がないの。引き継げないのよ。
あの子、泣き虫で弱虫だから、10秒で橋まで行くことできないの。
愛想もよくないし。それどころか、ロクにおしゃべりできないわ。頭がちょっとヘンなのかも。
だから今でも、私がやってるの。
そればっかりじゃないわ。
キアラだって、12歳まで続けなかったんだから。私のお姉ちゃん。
キアラは泣き虫でも弱虫でもないけど、
「バカみたい!」って言って10歳でやめちゃったの。
だから私一人、ずーっと続けてるの。もう6年目よ。
『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』