プロローグ
愛しい人を手に入れた喜びは、語りつくせないものだった。
やはり、尽くされる恋愛の比ではない。
どんなに高価なブランド品よりも、愛しい人の抱擁のほうが、ずっと魅力的だ。
私は本当に、とろけてしまう。
この恍惚を知らない女性は、本当に、かわいそうだと思う。
エピソード1
私が彼に出会ったのは、
彼が路上ライブをしているときだった。
当時は、ゆずがブレイクした時期で、
同じような路上ミュージシャンが、大勢唄っていたものだ。
彼も、そんな「雨後のタケノコ」の1本だった。
…他のジモティたちには、そう映っていたのでしょう。
私は、バイト帰りにたまたま彼を見かけると、
その歌声に、ミゴトに吸い込まれてしまった。
12月の東京は、夜10時にもなるとかなり寒いというのに、
私はその彼の路上ライブを、およそ1時間以上も、立ち尽くして聴いてしまった。
やがて彼は、
高い「ラ」の音が出なくなったのを目印に、路上ライブを切り上げた。
手際よく黙々と楽器を片付け、
見知らぬサラリーマンが置いていった缶コーヒーを、ぐいっと飲み干す。
恥ずかしくてドギマギしていた私は、
片づけが終わるその直前になって、ようやく、彼に声を掛ける。
私は、思い切って、
「今度ライブがあるときに観にいきたいので、
ここにお知らせメールをください!」
と震える声で伝え、連絡先を書いたメモ紙を、彼に手渡した。
彼は律儀に会釈をすると、
それをしっかり受け取り、お財布の中にしまってくれた。
『私の彼は有名人』