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エピソード22 『ミシェル2 -世界の果て-』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月23日
  • 読了時間: 5分

エピソード22

朝起きてロビーに行くと、

「延泊するのか?」とオーナーのおじさんに尋ねられた。

私はNOと言い、今日の夜行列車でカイロに戻るつもりだと伝えた。

すると彼はこう言うの。

「そうか。それならわしが夜行列車を予約しておいてやろう。

 カイロ行きは混むから、朝のうちに取っておかないと乗れなくなるぞ。」

「え?あなたが?」

「そうだ。わしが取ってやろう。」

「いいわ。私、夜行列車のチケットくらい自分で買えるから。」

「何言ってるんだ!

 夜に窓口に行ってももう売り切れてるぞ!」

「あ、そう。ご心配なく。昼間のうちに行っておくわ。

 どうもありがとう。」

私は澄まして言うと、オーナーの前からそそくさと立ち去った。

また出たわ!観光業者の嘘商売!

高いマージンを取りたいから「オレが取る」とか言うのよね。

その手には乗るもんですか。女だからってナメないでほしいわ。


カイロからアスワンに来る夜行列車は、夜直前に並んで充分に買えたの。

行きが買えるんだから帰りだって買えるわよ。

私は、昼間のうちに駅まで買いに行ったりはせず、

残りの時間をのんびりと、近場の市場の冷やかしにあてて過ごした。

ハイビスカスティー、ここにも売ってたわ。



夜、私は荷物をまとめて、列車駅へと向かった。

でもそこでビックリ!

なんと、カイロ行きの夜行列車はもう売り切れだっていうの!

あのオーナーの言ってたこと、本当だったのよ!

私はあきらめずに、食い下がる。

「そこをどうにか!一席くらい空いてるでしょう!」

「一席も空いてないよ。金曜の夜は混むんだよ。」

「寝台じゃなくてもいいわ、座席でも3等でもいいから!」

「どれももう無いんだ。無茶言わないでくれ。」

「どうにかならないの?私、今日の列車で戻りたいのよ。」

「じゃぁとりあえず列車に乗り込むんだな。

 後のことは知らん。車掌が融通してくれるかもしれん。」

「いいわそれで。どうも!」


19時半。長い長い列車が、アスワンのホームに入ってきた。

私は彼の言う通り、とりあえず列車に乗り込んでみることにしたの。

人はたくさん乗っていたけど、ほら見なさい!

空いてる席なんていくらでもあるわ。

寝台車両には入れさせてもらえないけど、座席ならいくらでも余ってる。

私はそのうちの1つに腰をおろして、ほっと一息ついた。

電車は定刻通りに無事出発して、でも20分くらいでまた止まっちゃった。

他の駅にも止まるのね。そうよ。人がいるのは何もカイロとアスワンだけじゃないわよね。

次の駅では、アスワンほどでないにしても人が乗り込んできて、列車は益々にぎわってきた。

そして、困ったことになったの。

「トントン。」ふいに後ろから、肩をたたかれたの。

「すまないが、その席は私の女房の席だね?」

「え?」私は振り返る。

金持ちそうなスーツ姿のエジプト人男性が、

チケットと座席番号を交互に見つめてる。

「あ、ごめんなさい。」私は照れ笑いして、素直に席をゆずる。

そうか、指定席なのね。

私はこの駅からの乗客が全員座るまで中間車両で待って、

そして空いた席にまた、何の気なしに座った。良かった。席空いてて。

…でも、ダメなの。

また15分もすると、電車は止まっちゃうのよ。

他にも駅があるの。そして、他にもまだ人が乗ってきちゃうの…!

私はことを荒立てないように、素早く座席から離れて、

そしてまた中間車両で待機したわ。みんなが座るのをじっと待ってた。

ドキドキ。大丈夫かしら…

なんとかセーフ。まだ少し空きがあるわ。

私はまた空いた席に何食わぬ顔で座って、静かにじっとしてた。

30分経っても列車は止まらないから、

ようやく私も、ほっと一安心。もうこのままカイロまで大丈夫ね。

…と思ったその瞬間!

前から車掌さんがやってきたの!どうも、チケットのチェックをしてる!

私はまたドキドキしながら、小さく縮こまってた。

3つ前の席、

2つ前の席、

1つ前の席…

来ちゃった!私の番!

「こんばんわお嬢さん。切符を拝見するよ。」にこやかに微笑んでる。

「あ、あの…、私、チケットを持ってないんです。」

「なんだって?どういうことだね?」車掌さんの表情は一変する。

「いえ!無賃乗車とかそういうことじゃないんです!

 アスワンの窓口でチケット買おうとしたら、

 列車の中で直接払えって言われたんです。」

「何だって?そんなことあるわけなかろう!

 この列車は完全前売りのシステムだよ。」

「で、でも、言われたんです!とりあえず乗れって。」

「無賃乗車のつもりか!?」

「違うんです!お金、払いますから!

 お願いですから、乗せてください!」

「むう。金は受け取ろう。無賃乗車は許さん。

 だが、この席は与えてやれん。」

「!?どうして!?」

「また30分もすれば次の駅に停まる。

 その乗客がここに座るからだよ。ここは君の席じゃない。」

「じゃぁ、どこかに私の席をください!」

「それは無理じゃよ。今日は満席だ。」

「そんな…。」

車掌さんは、メモ紙に「12ドル」と書きチェック印を入れると、

それを簡易領収書として私に手渡した。

私は無賃乗車の罪で捕まることはまぬがれた。

…けれど、私に席はない…。



私は素直に、その席から離れたわ。またモメ事いやだもの。

そして、中間車両へと出てきた。

中間車両は私の国の列車のよりもずいぶん広い。

トイレや洗面台もここにあって、倉庫のようなものもあるからね。

けれども乗客車両のように立派な造りにはなっていなくて、

鉄板が無機質に打ち付けてあるだけ。

車輪の音がガタンゴトンと、轟轟と、ものすごい音で鳴り響いてる。

あちこちにすき間が開いていて、

ビュービューと容赦なく、冷たい夜風が入り込んでくる。

トイレからは悪臭が漏れてきてる。

床は50年分のタバコとツバで汚れていて、ものすごく汚い。

でも私は、この床に座るしかない。

私は、時々行きかう乗客の邪魔にならないように、

倉庫の下の空きスペースに小さく収まり、体操座りの姿勢をとった。

身体を丸めてないと寒いし、不安で、みじめで震えてしまうのよ。

時々、乗客が出てきて、タバコを吸っていく。

そのたびに中間車両はタバコの煙で臭くなる。

私の存在に気づいて、あわれそうな目で見つめている。

そしてまた時々、誰かがトイレに入っては嫌な臭いが立ち込める。

でも誰にも文句は言えない。


『ミシェル2 -世界の果て-』

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