エピソード2 『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』
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- 2023年3月5日
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いいのよ、別に。バスケット係、悪くないし。
それにパパ、スタンプが10個たまったら、ゴホウビくれるのよ。
行きつけのカフェテリアで、ティラミスごちそうしてくれるの。私、ティラミス大好き!
そのカフェテリアは、家から路地を3つ曲がったところにあるわ。すぐ近く。
すぐ近くだけど、きっとこれだけのヒントじゃ、あなたはたどりつけないわ。
だって、私の町、迷路だから。
曲がり角がいくつもあるのよ。だから、角をテキトーに3つも曲がるなら、
ぜんぜん違う場所にたどりついちゃうかも。カフェテリアじゃなくて、井戸に着いちゃうわ。
まぁ、どちらにせよノドの渇きはうるおせるし、世間話もできるけど。
そのカフェテリアは、「天使の待ちぼうけ」って名前なの。
ヘンな名前でしょ?ヘンな名前なのよ。
お店の正面のカベに、カウンター席があるんだけど、
その一番左はじの席の壁に、ほおづえついた天使が描かれてるのよ。
つまんなさそうに、ふてくされた顔の、子供の天使の絵。
待ちぼうけくらっちゃってるらしいの。お友達はきっと、井戸に行っちゃったんだわ。
パパのお仕事が終わって、夕方の5時、
「天使の待ちぼうけ」に行ったわ。
パパはいつもどおり、マスターと向かい合えるカウンター席に座ろうとしたんだけど、
おあいにくさま。今日は先客がいたわ。
どうもマスター、そのお客さんと押し問答してる。
「君は客を侮辱(ぶじょく)しているのかね!
カフェにイスが無いなんて、どういうつもりだ!?
一気飲みして、5秒で帰れと言うのか!?」
「まぁまぁ落ち着いてくださいよ、お客さん。
お客さんの国では違うんでしょうが、この国ではこれが常識なんです。」
「何がかね?客を5秒で追い返すことが、か?」
「そうではありませんよ。
イスが無く、カウンター席ばかりであることが、です。
私たちの国のカフェテリアは、こういう文化なんですよ。」
「ずいぶん不親切な文化じゃないか!」
「不親切?いえいえ、逆ですとも!親切心ゆえです。
イスを置かない代わりに、コーヒーがとても安いんですよ。
1杯100リラで飲める。お客さんの国の半値でしょう?
お客さんきっと、フランス人だ。」
「そうだ。いかにも私は、フランス人だ!」
そうなのよ。私たちの国のカフェテリアには、イスなんて無いの。
でも、仕事の合間にちょっと立ち寄ってコーヒー飲むのに、
ソファーに腰かける必要、ある?
それじゃ、カウンターのマスターとおしゃべりもできないわ。
カフェテリアっていうのは、コーヒーを飲むところでもあるけれど、
マスターとおしゃべりするところでもあるのよ。
それを知らないと、良い大人にはなれないの。
パパみたいにはなれず、お姉ちゃんみたいになっちゃうわ。
ソファー好きのフランス人が帰っていくと、
パパはいつもの指定席に移り、マスターに「いつもの!」とオーダーをした。
「ぷはー!仕事終わりの1杯は美味いな!」パパは伸びをしながら言う。
「仕事が終わったなら、コーヒーじゃなくて酒を飲んだらいいのに?」
マスターは、ティラミスに仕上げのコーヒーパウダーを振りかけながら言う。
「はっはっは!酒は高いからね。コーヒーは庶民の味方さ。」
マスターは、ポパイみたいな人なの。
ポパイって知ってる?私は知らないけど。筋肉ムキムキなのよ。
コーヒー淹れるのに、ムキムキの筋肉なんて要るのかしら?知らないわ。
「はい。ティラミスね。」
マスターは、機嫌よく私の前にティラミスを置いた。
今まで疑問でしょうがなかったこと、今日こそ聞いてやるわ。
「ねぇマスター?
このお店の名前は、どうして『天使の待ちぼうけ』なの?」
「どうしてって?そりゃ親切心からだよ。」
「親切心って!私はさっきのフランス人じゃないんだから、
別にマスターのこと怒ってないわ?」
「はっはっは。知ってるよ。実際、親切心なんだ。
カフェテリアを、待ち合わせ場所に使う人たちは多い。
かといって、待ち合わせに遅刻するヤツは、もっと多い!」
「来る人より遅れてくる人の数が多いなんてこと、ありはしないわ。」
「はっはっは。
まぁそうだけど、それくらい、みんな時間にルーズってことだよ。
だから待ってる側は、2杯も3杯もコーヒーを飲まなきゃならない。
それはウチの売り上げにとっちゃありがたいけど、
でも、待ちぼうけなんて、かわいそうだろう?
来るかわからん人を不安げに待つなんて、世界で一番不幸さ。
だから、店の名前に『待ちぼうけ』を入れたんだ。
すると、客はいつでも思い出すだろう?
『あ!待ちぼうけさせちゃイカン!』ってね。はっはっは。」
「マスター、ホントに親切なのね!?」
「はっはっは。フランス人もイギリス人も、信じちゃくれないけどね!」
「それでいいのさ!」パパはニヤニヤと笑う。「町のモンは知ってるよ。」
『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』