エピソード2
「ホンキ?高志、人の役に立ちたいの?」
!?…幻聴か?
仕事の引き継ぎを全うさせるために、連日残業だからな。
そろそろまたノイローゼになったって、おかしくない。
「幻聴じゃないよ。霊聴だよ。」
「!?
誰だ?喋ってんのは!?」
俺は、自分がオフィスに居ることも忘れて、
背後をハデに振り返り、そう叫んでしまった。誰も居やしない。
「どうした?宗形。」
当然だ。部長はビックリしている。
「あ、え、その…」
適当な誤魔化し文句は、さっぱり思いつかない。
これは言うまでもなく、詰め込み教育の弊害だ。
というか、
俺は部長以上にビックリした。
何だっていうんだ!?霊聴だって!?
「うん。霊聴だよ。
喋ってるのはキミの守護天使。ハックだよ♪」
「うるせぇ!」
俺はまた、声に出して叫んでしまった。
第2開発部の全員が、俺の挙動不審を見て凍りついている。
「はっはっは。
宗形。お前、今日はもう、帰れよ?」
「…はい。そうさせてください。」
俺は、部長の配慮に甘えて、職場を後にした。
金曜夜の新宿は、うんざりするほどむせかえっていた。
人が多すぎるし、やかまし過ぎる。
たまらず空を見上げた。
おぉ。満月か。
巨大なビル群の合間に、おあつらえ向きに満月が輝いている。
「そう。満月のパワーを借りないと、
高志はまだ、霊聴が機能しないんだよ。
明日からちょっと、お肉や魚は控えめにしてくれる?」
…また現れやがった。
いや、俺はひそかに、心待ちにしていた。
早く会話したくて、だから職場を出てきた。
「ハックだよ♪名前くらいはすぐ覚えてね?」
「うるせぇ。用事はなんだよ?」
「もぉー。僕と話したくてウズウズしてたクセにぃー。」
「うるせぇ!消えろよ!」
「最初から消えてるよーだ!」
そうだ。姿は見えない。
「ていうかお前、俺の心、読めんの?」
「そうだよ♪何せ、ハック(hack)だからね。プププ。
だから、強がったってムダだよ?
守護天使と喋れて嬉しいんでしょ?素直になりなよー♪」
「…………。」
返答するのを止めた。
返答すれば、どうしても反論口調しか出てこないからだ。
ノイローゼに達していなかろうと、
俺の精神は、やや病んでいるだろう。
反論ばかりするのは、本来的な人間のそれじゃない。
それは解っている。でも、治せない。
ハックの言うとおりだ。
俺は、守護天使なる者と会話ができて、喜んでいた。興奮していた。
今すれちがった酔っ払いの真似して、
ハデにガッツポーズしながら絶叫したいくらいだ。
…それくらいやっても良いのかもしれない。
金曜夜の新宿なんて、そんな奴ばっかりだ。
俺は、父方の祖父さんが仏教寺の住職なのだ。
そんなこと紹介しなくても、
大抵、俺の名前を見るだけで、みんな察しがつくらしい。
宗形 高志
いかにも宗教臭い名前だ。
俺は、宗教というのが嫌いだ。うんざりする。
金曜夜の新宿と同じくらい、嫌いだ。(だから、どっちも抜け出してきた。)
しかし、だからと言って、
生まれ育った環境上、宗教的な知識はある。
また、霊能力なるものがマユツバではないことも、
俺は、経験的に知っている。
子供の頃なんぞは、ずいぶんと霊能力に憧れた。
スプーンは曲げたかったし、妖精も視たかった。
しかし、どれだけ努力しても、俺には霊能力は芽生えなかった。
だから俺は、宗教が嫌いになった。あてつけのようなものだ。
しかし、霊能力に憧れていたことなんぞ、誰にも話さない。
非科学的な男性というのは、信頼を失い、軽蔑の対象となるからだ。
学歴社会・競争社会の道では、なおさらのことだ。
派手な霊能力を発揮できるなら、むしろ崇拝されるだろうが、
そうでもないのなら、「女々しい現実逃避者」のレッテルを貼られるだけだ。
俺に限らず、男性というのは、概ねそうだろう。
自分も「小さいおっさん」を視てみたいと思っているのだが、
そんなことは口が裂けても言えない。
飲み会の場では、「馬鹿馬鹿しい!」と女子をからかう役に徹しなければならない。
そうだよ。
男性の多くは、
「宇宙人なんてありえない!」「江原なんて胡散臭い!」と罵っていたって、
その実、心の底ではオカルトを肯定している。
だから、厄年にもなれば、神妙な顔して厄払いに大金投じたりするのだ。
『全ての子供に教育を』
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