エピソード2
僕に掘り方を教えてくれたのは、隣のデニー兄ちゃんだった。
猿のように細長い手足をしていて、華奢なわりには力がある。
体は身軽で、勇敢であり、高いところも苦にしない。
あまり誠実ではないけれど、それは誰だって同じようなものだ。
親に対しては嘘ばかりつくが、慕う者に対しての面倒見は、良い。
彼の世代で、一番初めに「2階」の部屋を掘ったのは、デニーだよ。まだ6歳だったらしい。
「2階」とはつまり、地上から3mも離れた高いところに、掘られた部屋のことさ。
幼児たちもその存在は知っているが、
それは、もっともっと大きく、大人くらい大きくなったときに掘れるものだと思っている。
サッカー少年がレアル・マドリードに憧れるように、別次元の話だと思っている。
でもデニーは違った。
家の裏の倉庫から、背丈の3倍もあるハシゴを拝借してきて、
それを岩に立てかけ、登って掘りはじめたのさ。6歳のときに。
ばれたら止められるし、真似されるのも気づいていたから、
人目につかない場所を選んで、こっそりと掘り進めていった。
賢いんだよデニーは。頭が切れるんだ。
その代わり彼は、「城」はほとんど掘らなかったけどね。
だから、友達はあまり多くなく、あまり好かれてもいなかった。
デニーはある日、僕にこんな話をした。
「なぁエニス?
大人の男たちが、なんであんなにガミガミ怒りっぽいか、知ってるか?」
「知らない。どうして?」
「あれはさ、『穴掘り遊び』を取り上げられたからさ。
冷めた顔してる大人たちも、子供の頃は基地造りに夢中だったんだ。
誰より大きいの造りたかったし、どの村のより大きいの、造りたかったんだよ。
でも、15か16にもなると、取り上げられるんだ。
背も高くなって、腕力も付いて、
さぁこれからが本番!ってときにだよ。」
「なんで?」
「労働だよ。
『働け!』って言われるようになっちまう。
村のキノコ岩を掘るんじゃなくて、トンネル工事をやってこいって言われんだ。
キノコ岩掘ってもカネにならないけど、トンネル掘ればカネになるからさ。
15にもなったら、カネになることやらなきゃならんのさ。」
「イヤだよ!そんなの。」
「そうだよ。オマエの親父もオレの親父も、イヤだったんだ。
でも、親には抵抗できないさ。社会にも抵抗できない。
そうして渋々、出稼ぎに出て働くようになる。
けど、親や社会に対して、憎しみや怒りを抱きはじめんのさ。それでカリカリする。
代々、代々、おんなじこと繰り返してんだよ。」
「そうなんだぁ。
じゃぁ、僕らも、15歳になったらもう、遊べなくなっちゃうの?」
「そうさ。いや、そうじゃない。
今のうちから、対策を練っておきゃいいんだよ。」
「対策?」
「そうさ。頭使うんだ。同じテツを踏まないように。」
「どうやるの?」
「要は、『カネ稼げ』って言われるんだろ?
であれば、だ。
どうにかして、この穴掘り遊びでカネ稼げるようになればいいんだろう。」
「ホテルでも造ればいいのかな?」
「そういう手もある。でも、それはもう他の大人がやってるし、
いまいち、ありきたりで面白くないだろ?」
「そうかな?」
「そうだよ。面白くない。
なんかもっと、もっと思いがけないことを、やらかしてぇんだよなぁ…」
この話は、ここで打ち切りになった。
しばらく考えたけど、これといった名案は浮かんでこなかったからさ。
でも、デニーはデニーで、僕は僕で、
このなぞなぞの答えを、頭の片隅で問いかけ続けていた。
『沈黙のレジスタンス』