エピソード3 『かのんのノクターン』
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- 2023年4月13日
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エピソード3
ピアニストたちはたいてい、15歳前後でピアノと決別することになる。
決別はしないが、教室に通うのを辞めてしまう子が多い。
かのんは、そうはならなかった。
なにしろ、教室は家で、先生は母なのだ。
昨日まで毎日続いてきたものは、今日突然ぱったり止まったりしない。
これといって大きな環境変化に出くわさなかったかのんは、
ピアノとのルーティンも、3歳の頃からほとんど変わりはしなかった。
同じような環境で育てられきたのに、兄は違った。
かのんには、3つ年の離れた兄がいる。奏也(そうや)という。
奏也もやはり、母にスパルタに育てられ、ピアノ漬けの毎日を送った。
小学4年からは吹奏楽部にも放り込まれ、クラリネットの練習にも励む。
音大進学を見越した、綿密なルートだった。
それこそ、幼少期に技術よりも先に「根性」を鍛え上げたので、
クラリネットの上達も速かった。
ピアノで培った運指技術がクラリネットに活かされたのも、言うまでもない。
スパルタ教育の影響は生活全般に及び、
時間に遅刻することはないし、宿題も早々に終わらせてしまう優良児だった。
しかし、中学に入って歯車が狂いはじめる。
奏也は、当時流行していてテクノポップに、徐々にのめりこんでいったのだ。
「坂本龍一と同じ楽器が欲しい」とねだるので、当該のシンセサイザーを買い与えると、
奏也は、テクノポップの打ち込みにのめりこむようになった。
ヘッドホンをしていれば何を演奏しているかは気付きにくいため、
奏也はどんどん背信していくようになる。
母はやがて、息子がクラシックよりもポップスに傾倒したことに気付く。
もちろん怒り、引き止めたはしたが、
自分の部屋に篭るようになった中学生男子を思い通りに操ることは、
母にはもう無理だった。
クラシック奏者の多分に漏れず、母もかのんも、ポップスを軽蔑していた。
クラシック以外の軽音楽は、全て「くだらない」と見下していた。
そのため、母は奏也には見切りを付けることになる。
音楽のみならず、生活全般に関しても、あまり口出しをしなくなった。
『かのんのノクターン』