僕は、一つの大きな仏教寺院のお堂で、
休息がてらに、座禅を組んだ。
規模の大きさの割りに、商売っ気の薄い、静かな寺院だった。
当時の僕には、座禅瞑想の習慣は無かったのだけれど、
深いことは考えずに、目を閉じて穏やかにしていた。
他の参拝者に迷惑を掛けないように休息をするには、
いずれにせよ、静かに、じっとしている必要がある(笑)
周囲の人々の迷惑を、考慮出来ないような人は、
「旅人」とは、言わない。それは、「旅行者」だ。
「旅行者」は、「私は大金払ってるんだから、偉いのよ」と思っている。
すると、「旅の恥はかき捨て」的な無神経な人が、多い。
「旅人」は、あらゆる地域の人々を、友人同然のように、考えている。
彼らは、「社会常識」にはあまり囚われないが、
その割には、「モラル」はあり、他人には優しい。
…ふと目を開くと、
目の前3メートルくらいのところに、
日本人と思われる夫婦の姿を、目撃した!
この旅初めての、日本人との出会いだった。
彼らは、
座禅を組んだりはしなかったが、折り目正しく座って、礼をした。
もう、立ち上がった。
僕は、他の参拝者の迷惑にならないように、
お堂の外に出てから、彼らに声を掛けた。
「おう、やっぱり日本人やったかぁ!」
50代半ばと思われる、小柄なオッチャンだった。
メガネが良く似合っていて、気さくそうな顔立ちをしている。
このオッチャンは、
僕が初めて、「尊敬」の念を覚えた旅人だった!
名前を、ヤスさんと言う。奥さんは、ミーさん。
ヤスさんは、ポロシャツに短パン、頭にタオル、腰にウエストバッグ…
という、およそ、シニアの旅行者らしくない、安っぽい格好で、
キビキビと歩く人だった。
若い頃からバックパッカーであったことが、予想出来た。
奥さんとの会話は、常に、漫才師みたいな調子になった。
見ているだけで、面白い夫婦だった。
コテコテの大阪弁が、その滑稽さに、更に輪を掛けていた。
第一印象は、
完全に、土方か何か、ガテン系の雰囲気だ。
しかし!
この人、驚くなかれ、医者なのだ!
何千万も貯金を持つであろう医者が、
安っぽい格好で、ひょうひょうと、苛烈な東南アジアをさすらっている!
付き合わされる奥さんは、堪ったモンじゃないだろうが、
「もう、慣れちゃったわよぉ!」
と、可愛く口を尖らせていた(笑)
「なんで、旅してるんスか?」
僕は尋ねた。僕は、旅の目的やテーマを尋ねるのが、好きなのだ。
ヤスさんからは、面白い返事が返ってきた!
僕が尋ねた旅人の中で、未だに、一番面白い回答だ!
「旅の理由か?
んー。『死に場所探し』やんなぁ。」
「…へ!?」
僕は、目を丸くして、訊き返してしまった。
「死に場所、選んどるんよ(笑)
医者は、55(歳)でもう、辞めようと思っとるから、
リタイヤ後の『終の棲家(ついのすみか)』をな、探しとるんやわ♪」
海外移住をするシニア層は、
普通、テレビや本などで、オススメの地の情報を得たら、
一回そこに下見に行く程度で、もう、決めてしまうだろう。
でも、この人たちは、
世界の隅々まで自分の足で歩いて、
本当に、「自分にとって住み良い街」を、見定めているのだ!
…僕は、
ヤスさんは結局、旅をしながら死んでいく気がする(笑)
『首長の村の掟 -真実の物語-』