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エピソード5 『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月5日
  • 読了時間: 3分

あちこちおかしくなってきちゃったけど、

私の家のあたりは、まだマシなの。

奥まったところにあるからね。

メイン通りも広場も騒がしいから、私、あんまり外出しなくなっちゃった。

家は家で、ルチアーノのサックスがうるさいのよ。それはそれで悩ましいわ。

仕方ないから、私も楽器をやることにしたわ。トランペットよ。

自分でも楽器を吹いてれば、他人の騒音が気にならなくなるものよ。

私のも、骨董品屋さんで見つけたお古。

家の中がサックスとトランペットでてんやわんやになっちゃったから、

お姉ちゃん、家を出ていっちゃったわ。彼氏と住むんですって。


学校ではやっぱり、

町の観光地化を賛成する人と反対する人がいるの。

よくその派閥同士でケンカしてる。

私はもちろん、反対派よ。

なのに、なぜか私、

賛成派からだけじゃなく反対派からも、攻撃されるの。

なぜなのかと思ったら、

私のパパが、渡し舟をやっているからだって!

今や渡し舟は、ほとんど、観光客のためのアトラクションだからね。

みんなは、私のパパもまた、観光客に魂を売ったと思ってるの!

私のパパが一番最初に渡し舟はじめたなんて、誰も知らないのよ。

パパが市長さんにお手紙書いたことだって、みんな知らないの。

私は大丈夫よ。石投げられたくらいで落ち込まないわ。

私はハっと気づいて、弟の教室を見に行ったわ。

案の定よ。ルチアーノもいじめられていたわ。

あの子、弱虫だし泣き虫だし、言い返すこともしないからね。

私が守ってあげなくちゃいけないの。

人のこと守ってると、自分は傷つかないのよ。不思議ね。

それにしたってウンザリだけど。


ふんだりけったりだわ!

世の中っていうのは、誠実な人が幸せになれるってワケじゃないのよ。

知ってた?誠実なら幸せになれるってワケじゃないの。

誠実なら幸せになれるってわけじゃないから、

みんな、観光客に魂を売ってしまうのよ。お金に魂を売ってしまうの。

パパは違うわ。

パパは、幸せになれなくても誠実に生きたいの。

パパは別に、がっぽり儲けたくて渡し舟やってるんじゃないの。ホントにそうよ?

でもたしかに、他の船頭さんと同じだけの料金を取るなら、

がっぽり儲かってしまう。

だからパパ、運賃を値下げすることにしたの。

1回に20人も乗るし、一日に20回も走るようになったから、

運賃を半分に値下げしたって、食べていけるのよ。

パパは、良かれと思ってそうしたの。親切心から、そうしたの。

でも、みんなは理解できないの。

「一人だけ安売りして、客を独占するつもりか!」

って、逆にみんなから、攻撃されてしまったの。

意味わかんない。親切心からやってるのに。

じゃぁみんなも、パパと同じく50リラに値下げすればいいじゃない!

そうでしょ?でも、みんなはしないの。

儲けが半分になってしまうのが、イヤだからよ。

そうしてヴェネチカは、何でもかんでも高値になっちゃった。


観光客はどんどん増えたわ。

「ヨーロッパ一の絶景!」なんて言われるようにもなったけど、

それは違うのよ。

この町が絶景だったのは、観光客が押し寄せる前の日までのこと。

あの頃は、たしかに絶景だったわ。ヨーロッパで1番かもしれない。

でも今は違う。

人ゴミであふれかえってるのに、絶景なわけないじゃない。

ピザ屋さんばっかりなのに、絶景なわけないじゃない。



『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』

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