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エピソード5 『ミシェル2 -世界の果て-』

エピソード5

ある日、珍しいことがあったわ。

「次の日曜日は、教会にいくといいわ。」リリルがそう言ったの。

教会なんて毎週行ってるのよ。大体ね。

牧師さんの話は全然聞いてないんだけどね、

私、ゴスペル教室楽しくなっちゃって。歌うたうの楽しいの。

それにしても、わざわざリリルが念押しするなんて、

何かあるのかしら?今週の日曜教会には。


別に普通だったわ。

いつもどおり牧師さんが聖書の一節を解説して、

それでみんなで美しい声でアーメンって言うの。

それが終わったらゴスペル教室。別に普通だったわ。

でも、ゴスペルが終わって、拍子抜けしてたそのときよ。

妙な時間に、教会に入ってくる人がいてね。

小汚い格好して、リュック背負った男の人。30歳くらいかしらね。

旅行者だわ。

テミス教会は観光客ってほとんど来ないから、珍しいの。

「いつもと違うことがあったら、それは見逃しちゃダメさ」

私はウィリアムスさんの言葉を思い出して、

恥ずかしいけど、でも彼の姿を追ったの。

彼は、テミス教会のステンドグラスや絵画に近寄っては、熱心に品定めをしてる。

盗んでどっかに売るつもりかしら?私がとっちめてやる。

そんなことも思ったけど、でもそうじゃないの。

彼は、正面に並ぶ聖人たちの大きな絵画を凝視して、

そして壁際に座り込んだわ。

リュックからクロッキーノートと鉛筆を取り出すと、

なんと、写生をはじめたの。絵を描き始めたのよ!

私はそろそろと彼に近寄って、そして、2mくらい離れて壁際に腰をおろす。

彼のことを見たり、違うところを見たり、ため息ついて気配を演出したりしたわ。

ふつう、こんなふうにすれば、

「何かよう?」とか「ゴキゲンいかが?」とか、話しかけてくるでしょう。それを期待したの。

でも彼、私のことなんか目もくれないで、延々と絵を描き続けるのよ。

おかげでみんな帰っちゃった。私だけよ、もう。

そしたらもう、あからさまに私の興味は彼ってことになるじゃない?

でも彼、普通じゃないのよ。

1時間もしてようやく描き終えると、

大きく1つ息をはいて、そしてもう外へと出ていこうとしたの。

私はたまらず、彼の背中を声で追ったわ。

「ちょっと!」

「何?」彼は振り返って、私を見つめた。

「あ、ごめんなさい。なんて声かけていいかわかんなくて。」

「いいよ、礼儀なんて国によって全然違うさ。」彼はクスっと笑った。

「あなた、絵を描いていたの?」

「そうだよ。大したもんじゃないけどね。」

「教会に絵描きなんて珍しいわ。」

「そうかもね。ここは音楽で有名な教会らしいからね。」

「そうだけど、それ以前の問題よ。

 教会って、牧師さんのお話聞きに来るところでしょ?」

「あぁ、ごめん。君たちの宗教を侮辱するつもりはないんだ。

 教会に来て、宗教行為をせずに立ち去るのは失礼だよね。謝るよ。」

「そんなことはどうでもいいのよ。どうでもよくないかもしれないけど、

 私も神様にはあまり興味がないから。私はゴスペルしに来てるの。」

「そうか。怒ってるわけじゃないんだね?」

「怒ってないわ。

 なんていうか、その…

 とりあえず、もう1回座ったら?」

「いいけど。」

彼は再びさっきの場所に戻って、壁を背に腰をおろした。

私は相変わらず、2mの距離を置いて彼に話す。

「絵描きさんなの?」

「絵描きじゃないよ。絵で稼げるほど上手くはない。

 絵が上手くないし、コビを売るのも上手くない。」

「コビ?」

「そうだよ。絵描きになりたいなら、絵が上手いだけじゃだめさ。

 不細工な貴婦人を美人に描かなきゃ仕事はもらえないし、

 デブの伯爵をスマートに描かなきゃ貴族に好かれない。

 僕はそういうのは苦手なんだ。」

「ふうん。それじゃ、絵描きじゃなくて建築の設計士?」

「設計士でもないよ。建築は全然知らない。

 旅人だよ。一介の旅行者さ。

 旅しながら、行く先々で絵を描いてる。それだけだよ。」

「旅人なの?

 だったらあっちの小島に行けばいいのに。廃墟の小島があるのよ。近くに。」

「遺跡も嫌いじゃないけどね、教会が好きなんだ。」

「礼拝に興味ないんでしょ?」

「礼拝には興味ないよ。宗教行為には興味がない。

 でも、教会って美術館みたいだろ?立派な作品がいっぱいあるよ。

 それでいてお金取らないからね。貧乏人には助かるさ。」

「あなた旅行してるんでしょ?お金あるじゃない。」

「旅行にもいろいろあるんだよ。

 ぜんぜんお金を使わない旅人もいるんだ。僕はそれさ。」

「お金使わないで、旅行って楽しめるの?」

「むしろ、お金使わないほうが楽しめるよ!」

「え!?」

「高級な店に入れば入るほど、それは『旅行者向け』の店なんだ。

 その土地らしい食べ物は出てこなくなる。

 高級なホテルに入れば入るほど、アメリカナイズされてて、無個性になる。

 それって面白いかな?」

「面白くないの?」

「だって、何のために旅するんだい?

 異国の異国らしさが見たいから、

 わざわざ1,000ドルも払って航空券買って、言葉の通じない土地に行くんだろう?

 それで見慣れたベッドのホテルに泊まって見慣れたピザ食べて、

 それじゃ何のために旅しにきたのかわからんさ。僕はそう思うね。」

「つまり、学校に行ったって立派な大人にはなれない。そういう意味?」

「何の話?

 …まぁ、言わんとしてることは察するよ。

 そういうことさ。みんなが追いかけてるものが最上とは限らないよね。

 キミ、若いのになかなか哲学者だね?」

「ミシェルよ。哲学はもうお腹いっぱい。」

「ミシェルか。僕はレオナルド。レオでいいよ。」

「レオ。絵を描くライオンなんて初めて聞いたわ。」

「牧師の話を聞かないミカエルだって、初めて聞いたさ。

 …僕そろそろ行くけど、いい?」

「どこに行くの?急ぐの?」

「どこに行くっていうのもないけどね。

 世界の果てを目指してる。」

「世界の果て!?」

「そうさ。」

「それってどこにあるの!?」

「どこにあるんだろうね?

 わからないから旅してるんだよ。答えの決まってる学問はつまらないだろ?」

「…あなた、私の日記盗み読みしたの!?」

「え?」

 いや、なんでもないわ。さすがにそんなはずないもの。」

「とにかく、僕はもう行くよ。

 この街は宿が高いから、日が暮れる前によその町に行きたいんだ。」

「そっか…。」

「じゃぁ、ごきげんよう。ありがとう。楽しかったよ。」

彼はにこっと微笑むと、くるっと振り返ってもう歩き出した。

「あ、あ…」

私はドギマギしちゃったわ。どうしたらいいの?こんなとき。

「待って!」

「なんだい?今度は。」

「あの…、ポストカードって、安い?」

「ポストカード!?安いね、大抵は。」

「あの、もしよかったら…

 違う国に着いたら、私にその国の風景のポストカード、送ってくれない?」

「なんだ、キミ、地理でも勉強してるのかい?」

「そ、そうなの。他の国の風景って観たことなくて。」

「ふうん。いいよ、ポストカードくらいなら。」

私は彼のクロッキーノートの一番最後のページに、自分の住所を走り書きした。


彼は再び「じゃぁね」とほほえむと、

それきりもう、行ってしまった。

彼が教会のドアを閉めると、

私は「ふーーー!」と大きく息をはいた。


『ミシェル2 -世界の果て-』

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