エピソード5
…なぜこうもやすやすと、引き下がったか?
親父に交渉したって無駄であることを、俺が一番、よく知っている。
反論したって拳が飛んでくるだけだ。
いや、拳は別に怖くない。
けど、どの道、俺の意思は通りっこない。
しょうがないんだ。
どれだけ抜群な名案であろうと、俺の気持ちが昂ぶっていようと、
親父に反対されたなら、断念するしかない。
「そうかなぁ?
反対されたって、敢行しちゃえばー?」
出てきやがった。ハックだ。
「バカ言え。」
…うん。一理無い。
「バカ言え!」
堂々と言い直した。
「バカ言ってないよ。
高志、奉仕がしたいんでしょ?
だったら、勘当されてでも行くべきだよ。」
「なんでだよ?
奉仕するために親傷つけて、どーすんだよ?」
「お父さんもお母さんも、傷つきはしないよ。
ただ、『都合が悪い』ってだけさ。」
「どういう意味だよ?」
「お父さんが高志に、エリート街道を突っ走らせたがるのは、
ある意味、お父さん自身のためだよ。
老後の世話を、高志にしてもらいたいから。
豊かな老後を過ごすには、息子が金持ちであったほうが都合良いでしょ?」
「まぁ、そうだろうけど。」
「でも、それってただのワガママだよ。
怠惰を目論んでるのは、お父さんのほうさ。
年金や貯蓄だけでも充分暮らしていけるはずなのに、
それ以上を息子に課して、何の拷問だろう?」
「………。」
俺は、黙って聞いている。
「高志、奉仕がしたいんでしょ?
奉仕っていうのは、家族を裏切ってでも、行うものだよ。」
「家族を裏切って奉仕?矛盾だろう?それ。」
「矛盾してないよ。
奉仕に身を捧げられる人間のこと、仏陀って呼ぶよね。
仏陀になるために不可欠なこと、何だと思う?」
「出家か。」
「そう!出家だよ。
…まぁ、現代仏教にとっての出家は、
単なる『職業訓練』に、なり下がっちゃってるけどね(笑)
出家修行のあとには、坊さん稼業が約束されてるようなモンだもん。
でも本来、出家ってそんな打算的な行為じゃないさ。
空海の白い衣装、どんな意味があったか覚えてる?」
「死に装束だろ?」
「そうだよ。
出家っていうのは本来、死を覚悟で行うものさ。
死んでしまったなら、当然、
親の介護もできないし、嫁の生活費も養えないし、娘のオムツも換えられないよ。
つまり、
出家っていうのは、とんでもなく親不孝な行為なのさ(笑)
仏陀っていうのは、とんでもなく親不孝な人なのさ(笑)」
「親不孝であり、家族不孝…」
「そう。親に限らず。嫁さんにもわが子にも、残酷な行為だよ。」
「すると、
仏陀って悪い奴なのか?」
「違う違う!そうじゃないよ!
だから、言ったでしょ?
家族の枠に囚われないで、不特定多数の人々に奉仕できるから、仏陀なんだよ。」
「隣人愛ってやつか。そりゃキリスト教だが。」
「そうそう。言ってることは的を射てるよ。
法律で定められた『家族間の義務』っていうのは、
人間を、崇高な奉仕から引き離し続けちゃうものなんだ。
人間を、解脱から遠ざけ続けちゃうものなんだ。
介護とか養育とか、家族間の義務に囚われ続けてるうちは、
いつまで経っても、奉仕なんか出来ないもんねぇ。
だから、
チベットとかネパールとかの本場仏教では、
仏教修行したいと願うなら、子供のうちから親と別居しちゃうのさ。」
「そうか…」
「そうだよ。
でも日本の家族は、『家族間の義務』を振りかざし、強要し続けてくるよ。
自分の暮らしを守りたいし、少しでもラクさせてほしいもんね。
彼らは、自分の欲や怠惰を、『義務』という言葉で正当化し続けるよ。
すると、ホントに奉仕をしたいって思うなら、
家族に嘘をついたり、裏切ったり、しなきゃならないんだよ。」
「…………。」
一理ある。
『全ての子供に教育を』