エピソード5 『沈黙のレジスタンス』
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- 2023年3月7日
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引越した先は、セルチュクという町だった。
デニーの言うとおり、西にある町で、大都市イスタンブールからも遠くない。
この町の近郊に、エフェソスという遺跡が見つかった。
僕の父は、その発掘作業に駆り出されることになったのだ。
セルチュクは、大きな町だった。
大都市とも言えないが、僕のもといた村よりは、ずっと大きな町だった。
中心には広場があり、立派なモスクが面している。
教会とモスクの違いはあれど、
いわゆる、スペイン式の、西洋の造りの町であった。
住人の服装もあかぬけていて、ガットキアのそれとは違った。
母親たちはそう太ってはおらず、さわやかな色の服を着ていた。
父親たちが怒りっぽいかどうかはわからないが、いくぶん知的な顔立ちに感じられる。
文化的にも血筋的にも、ヨーロッパの風が混じっているらしかった。
広場の近くには大きな市場があり、
整然と区画された敷地で、いろいろなものが売られている。
ガットキアでは見たことのないものが、たくさんあった。
しかし、一番衝撃を受けたのは、他でもない。
キノコ岩がまったく無いということだ。
僕は、世界中どこでも、キノコ岩に覆われているのだと思い込んでいたので、
「何の変哲もない町並み」ということがむしろ、とても奇景に感じられた。
「外の世界を見てこい」というのは、こういうことだったのか!
デニーの言わんとしていたことが、ようやくわかった気がした。
僕はときどき、父親の発掘現場についていった。
エフェソス遺跡は、古代ギリシャ様式の遺跡だった。
セルチュクの町並みとはまた異なる町並みがあることを、知った。
もはや骨しか残っていないが、
ガットキアともセルチュクとも異なることは、わかる。
僕は自然と、考古学というものに興味を持ちはじめた。
セルチュクには、立派な学校があり、立派な図書館があった。
ガットキアには無かったものだ。あの村では、算数と国語しか学べない。
デニーの代わりに出来ることは何だろうか?
デニーと離れて出来ることは何だろうか?
そう考えて出てきた答えは、「勉強」であった。
「学を付けよう」僕は思った。特に、考古学を。
『沈黙のレジスタンス』