エピソード6 『ミシェル2 -世界の果て-』
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- 2023年3月23日
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エピソード6
私は翌日、秘密基地に行ったわ。ウィリアムスさんに会いたくて。
教会で出会ったレオのこと、話したの。
「私、ひょっとして彼が『運命の人』なのかなって思ったの。
でも違うのね。ちょっと残念。」
「そうかい?案外そのレオくんかもしれないよ♪」
「だって彼は、遠く離れたところに住んでるのよ。」
「そうだよ。『運命の人』って、そういうもんさ。」
「え!?」
「『運命の人』ってのは、生まれた町にはいないのさ。
苦労しなきゃ巡り合えない仕組みになってるんだよ。」
「それなら大丈夫よ。
私、生まれた場所はロンドンでしょ?ここじゃないもの。」
「生まれた町っていうか、母親から離れなきゃいけないんだよ。
母親が引っ越ししそうな土地なんて、生まれる前から見当つくからね。
そんな場所に『運命の人』を配置するほど、神はマヌケじゃないさ。」
「私の『運命の人』は、この町にはいないってこと?」
「そうだよ。きっといないさ。
たぶん、その彼だろうな。きっとそうだよ。」
「本気!?何を根拠に言うの!?」
「『運命の人』ってのは、女にとって、『成長させてくれる人』なんだ。
すっごく似てる感性をしていつつも、尊敬できる何かをさらに持ってる。
ミシェルはご覧のとおり万能な子だけど、旅だけはしたことないだろ?
その彼はミシェルと似たような価値観をしてて、さらにキミのできない旅が出来る。
さらに、彼はキミより年上だろう?どうだった?」
「たぶんね。年齢は聞いてないからわかんないけど、10コぐらい私より上だと思うわ。」
「『運命の人』ってのは、
女にとって、たいてい相手の男のほうが年上なんだよ。
同年代の男って幼く感じるだろう?
それじゃ尊敬の対象にならないからね。」
「かといって、
10コも離れてたら普通、恋愛対象にならないんじゃない?」
「『普通』は、そうかもしれないよ。
でも『運命の人』との恋愛は普通じゃないさ。
普通の人生に納まっていたい臆病な人は、
『運命の人』とは恋愛できない仕組みになってる。
神は色々考えてんだよ。最高のゴホウビは簡単には手に入らないようにしてる。
『運命の人』とのデートはサイコウだけど、
でも何かしらの普通じゃない障壁があって、
それを乗り越えなきゃ恋愛できない仕組みになってるんだよ。
だから年齢が10コも離れてたり、20コも離れてたり、
母親の昔のオトコだったりもするわけさ。
会社の上司であることはないな。それはただの不倫だ。」
「へぇ。」
「まぁ『運命の人』なんかどうでもいいんだけど、
とにかく人ってのは、母親から離れてこなきゃいけないのさ。
成長することが目的だからね。人生ってのは。
母親から離れなきゃ強くはなれないし、人生が本格的に始まりはしないんだよ。
母親の顔色うかがってたら、できないことは幾つもあるだろ?」
「ママから離れるの?」
「そうだよ。不安かい?」
「そうね…。私、一人で生きていけるかしら?」
「そう不安に思ううちは、やっぱり親から離れて生きなきゃならない。
もちろん、この秘密基地で暮らしたって意味ないよ?
ここはミシェルの家みたいなもんだからね。」
「はぁあ。」
「良かったじゃないか?」
「え?」
「やりがいのあるゲームが見つかってさ♪
人生にハリがなくて、困ってたんだろう?」
それから私は、アルバイトをするようになったわ。
親元離れて暮らすのに何が一番必要かって、お金だもの。
お金っていうか、「お金を稼げる力」が必要よね。
お金があったって、それがなくなっちゃったら暮らせないもの。稼げる力がなくちゃ。
大学の近くのスーパーで、レジ打ちの仕事をしたの。
おっそろしく忙しいのよ!
朝から晩までずーっと列が絶えないの!私めちゃくちゃ貢献してるわ。
それなのに、それなのによ?
お給料は時給100マルッカしかもらえないの。10ドルよ。
お店の売り上げ、1時間に10万マルッカもあるのに、
それでも、一番体動かしてる私のお給料が、100マルッカ!?
ウィリアムスさんが「働くのはバカらしい」って言ってた意味が、理解できたわ。
お金稼がないで自分たちで作ったり交換した方が、ずっと効率がいい。
なんでみんな、秘密基地みたいな暮らししないの?
私、またウィリアムスさんのところに行ったわ。
「働くってこんなに大変なわけ!?
私、これに耐え続けなきゃいけないの!?」
「ははは。ご苦労さん。気持ちはお察しするよ。
ミシェルが今の環境で学べることは、2つある。
1つは、『理不尽な苦労にも耐えること』だよ。
それは少なからず、どんな国のどんな環境に飛び込んだって必要なスキルなんだ。
もう1つは、『待遇改善を求めて運動を起こすこと』だね。
お給料を上げてもらったり、人員を増やして負担を軽くしてもらったり、
1時間に10分くらいは休憩をもらえるようにしたり、さ。」
「それならもうやったわ。
お給料を上げてとは言えなかったけど、
人を増やしてもらうことは頼んだし、休憩時間も貰えるように頼んだわよ。」
「それで、どうなった?」
「『求人は常にやっているが、応募がないからどうしようもない』だって。
休憩時間だって、人手に余裕があればあげられるって。」
「ふむ。よくある話だ。」
「それで、次はどんな手を打てばいいわけ?」
「そうだなぁ。他のスタッフも巻き込んで、ボイコットでもするか。
そうすりゃ時給を1.5倍にしてでも求人を強化するさ。」
「それももうやったわ。
ボイコットはしてないけど、その相談は持ちかけてみたの。
でも他のスタッフは『面倒くさい』しか言わないのよ。」
「そうか、全部やったか。さすがミシェルだな。
だったらもう、その理不尽な環境に耐え忍ぶゲームをするしかないな。
それか、店を変えてみるか?他の会社ならもっと楽かもしれないよ。」
私はウィリアムスさんの言うとおりに、働く場所を変えることにしたわ。
今度はテミス教会の近くのパン屋さんにしてみたんだけど、
かといって、あんまり違いはなかったわ。
でもおかげで、体力はついたみたい。働くっていうことは、私にもできそう。
『ミシェル2 -世界の果て-』