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エピソード6 『人魚たちの償い』

エピソード6

スペインを発ってから、2週間ほど経ったある日だった。

西の空に大きな夕日が沈んでいき、水平線を優雅な紅色に染めていった。

「明日も晴れそうだな」船の上の誰もが、そう微笑んだ。

しかし。

その晩なぜか突如、天候は荒れはじめた。

分厚い雨雲が覆い、空がゴロゴロととどろいたかと思うと、

雨が降り、それはすぐに嵐となった。

船は揺れ、船員たちはしきりに叫び、走りまわりはじめた。

船旅に慣れない私たちは、何が起きているのかわからず、戸惑い焦った。

父は外に出ると、揺れの原因が嵐であることをすぐに理解した。

父が何か大声で叫ぶと、誰かが父に、客室で待機するように大声で指示した。

父は専門家の意見にゆだね、すぐに客室に戻って戸を閉めた。

この嵐が予想されていたものなのか、乗り切れるレベルのものなのか、

私たちはわからなかった。不安を抱きながらも、身を寄せ合ってじっと待ち続けた。

しかし、祈りは届かず、

船はますます大きく揺れはじめた。揺れというよりも、ひっくりかえるという感覚だった。

ベッドに掴まろうが、そのベッドがひっくりかえるのだ。

私たちは、体中をあちこちにぶつけ、互いが互いを助けようとしてぶつけ合い、

もうどうにもならないほどの惨事だった。苦痛も恐怖も最高潮に達した。

やがて

バリバリバリバリ!!

という大きな音とともに、船が崩壊しはじめた。

父は、「寄れ!とにかく寄れ!」と私たちに叫び続けた。

それが何の解決になるのかはわからなかったけれど、

私たちは父に従おうと懸命に努力した。

船は嵐には耐え切れず、木っ端微塵に大破してしまった。

たくさんの乗員が、嵐の海に投げ出されていくのが見えた。

私たち家族は、互いが離れ離れにならないように、それだけを懸命にがんばった。

絶望の中で父が選んだ命綱は、なんと、人魚の絵だった。

絵を守ろうとしたのか、絵に守ってもらおうとしたのか、それはわからないけれど、

とにかくあの場面で父は、ほかの何よりも、人魚の絵を両手で抱えた。

絵は幸運にも、浮き輪となって荒波に耐え続けた。

私たち家族は、父に捕まるか絵に捕まるかして、必死に耐え忍んだ。

父は希望を捨てなかった。ただ浮いていても不毛だと考えたのか、

絵を浮き輪にして、どこかへ泳いでいこうとした。

私たちも希望を捨てず、父のそれに付き従った。どうにか生き延びようともがいた。

しかしやがて、

その絵も2つに大きく割れ、海の底へと沈んでいってしまった。

私たちもまた、掴まるものを失い、溺れながら沈んでいった…。


『人魚たちの償い』

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