エピソード6
ミユが交流館の体験入学を経たとき、
マユは、ちょっとしたカウンセリングを受けることになった。
交流館の管理人は、マユがなぜ子供を預けるか、その動機を探る必要があった。
育児放棄のような堕落的動機であれば、受け入れを拒否しなければならない。
「…つまり、旦那さんの不倫が、離婚の要因なんですね?
すると、ミユちゃんの学校不適応は、
そもそも父親の不倫が原因だと、そうお考えですか?」
「いえ、そうではないと思っています。
ミユは、父親の不倫に傷ついてはいませんし、気にしてはいません。」
「なぜでしょう?普通は酷く心に傷を負うことですが…?」
「母親である私が、不倫というものをあまり敵視していないからだと思います。」
「敵視していない…
ひょっとして、
マユさんも旦那さんと同じように、不倫の願望があるのですか?
であれば、旦那さんをあまり責めないでしょうし、
ミユちゃんの存在は邪魔になりますね…。」
管理人は、マユ母娘に帰ってもらおうと思いかけた。
「違います!
ミユを邪魔だとは思っていません。
不倫というか、…今はもう独身ですから不倫にはならないでしょうが…
新たな恋愛の願望であれば、無いと言えば嘘になります。
かといって、別にミユがそばにいても、恋愛に支障はないと思っています。」
「ミユちゃんは僕に会ったとき、
『パパが不倫してね、』と、いきなりそこから話しはじめました。
するとおそらく、交流館の児童たちにも、不倫云々という話をするでしょう。
それはパパだけでなく、マユさんにとっても面倒なことになりそうですが…
大丈夫ですか?」
「不倫や離婚にフタをするつもりはありません。
ミユが話したいように話せば良いと思っています。
あの子はたぶん、間違ってはいません。私も。」
「どういうこと、でしょう?」
「心理学者は言いいます。
恋人がいるのにそれでも恋愛ドラマに夢中になるのは、
他にも恋を求めている心理の現れなんですって。浮気願望があるのです。
ジャニーズを追いかけるのもそう。ペヨンジュンを追いかけるのもそう。
『失楽園』なんていうドラマが世紀末に大ヒットしましたが、
あれなんてもう、決定的じゃないですか?」
「あ、はぁ。」
「世の奥様方も、不倫がしたくてたまらないのです。
ただ、責められるのを恐れてガマンしてるだけ。機会を作れずに悶々としてるだけ。
それに、
『こんなドラマが流行るんだから、みんな本当は不倫したがってるんだな』
って、誰もが気付いてるのです。
だから、親友の不倫は見て見ぬふりするのです。口裏合わせを手伝うのです。
彼氏に密告したりはしないの。
やがて自分が不倫の機会に恵まれたときに、その友人に助けてもらいたいからです。
それでも、口先では、
『不倫なんて下品!』ってまゆをひそめて言っておくのです。
旦那を安心させておきたいし、誠実淑女だと思われていたいから。」
「不倫って、女性よりも男性たちが求めて氾濫しているのでは?」
「そうだと思われてるけど、そうじゃないわ。
男たちは恋愛より仕事を優先するし、他にもいろいろと夢中になることがあるけど、
女たちは恋愛ドラマばかり見るし、恋愛マンガばかり読むし、ラブソングばかり聴くでしょ?
つまり、いつでも恋愛のことで頭がいっぱいなんです。男よりも恋愛好きなの。
ただ、それを悟られるのが恥ずかしいのです。
セクシーな服着て、セクシーなリップ塗って、掲示板にも書き込むけど、
でも自分からは誘わない。受け身の姿勢を貫くのです。
女のあれはクモの巣と同じようなものなのよ。
自分では動かずに、苦労せずに、プライドを保ちながら獲物をしとめたいの。」
「女性って、そんなにズルいんですか?」
「そうですよ?悲しいけど、それが実情なのです。
いや、男性もズルいのよ?色々とズルいわ。
でも、クモの巣作戦を使う件は、女のほうが圧倒的にズルいですよね。
『女は不倫の被害者』という社会通念があるということは、
女性たちはまんまと、社会を騙し通しているということでしょう。」
「ガーン。女性ってそんなに恋愛中毒だったんだ…
みんないやらしいのか。なんか、ガーン。」
「そうじゃないんですよ?
恋愛中毒であることは、必ずしも悪くはないのです。
いやらしくていいんです。人間ってそういうものよ。
問題なのは、異性への興味を素直に認めないこと。
ほんとは不倫したいくせに、『不倫なんて論外!』なんてうそぶくのが問題なのです。
そして、そうやってうそぶくからこそ、欲求不満がますます募る。 悪循環なのです。」
「はぁ。
仰ってることは、間違っていないのかもしれませんね。
でも、一般常識とはずいぶんかけ離れている。
マユさんはどうして、そういう思想に至ったんでしょう?」
「ふふ。
うちは、旦那だけでなく父も、不倫し離婚しているのです。
するとどうしても、『なぜ人は不倫するんだろう』と、よく考えるようになります。
人一倍考えていれば、人とは違う答えにもたどり着きます。
そして、一般論が正しいとは限らない。
私、交流館のお兄さんもそう考えてると思ったんですが…?」
「えぇ。一般論が正しいとは限らない。僕もそう思います。
不倫に関する考え方も、まゆさんを否定しませんよ。決して。
僕がお話を伺ったのは、まゆさんの考え方を知るためなのです。
ミユちゃんについてどのように考えているか、育児放棄の兆候があるか、
それを見極める必要がありました。
大丈夫のようですね。
そして、マユさんは名前の通りの人だ!」
『大家族』