エピソード6 迷子のミシェル
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- 2023年3月9日
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エピソード6 迷子のミシェル
ある週末のことだった。
ミシェル一家は、車に乗って遠く北の知人宅まで出かけた。
日曜に教会に行かないと例のシスターは悲しむが、まぁ時には仕方ないことだ。
「笑い話の1つでも土産にすれば、シスターも許してくれるさ」
サイラスは気さくに笑った。
知人は、ホームパーティの招待状をサイラスに送ったのだった。
その招待状には、
「この国の森は美しいから、ぜひ道すがらに森林浴(よく)でもどうぞ」
と書かれていた。
家の裏に林の広がるサイラス家だが、
特に森はきらいでもないので、そのすすめのとおりにしてみた。
しかし、幼子(おさなご)を連れての外出というのは、
どう転んだってアクシデントが付き物である。それが森の中ともなると、
おしゃれ着がアイスクリームで汚れる程度では、済みはしない。
その日ミシェルは、
家族とはぐれてしまったのである。初めて訪れた森の中で。
道の整備された森ではあるが、それにしたって、
前を見ようが後ろを見ようが、人の気配もありはしない。
「ママー!パパー!」
どれだけ叫んでも、むなしく針葉樹に吸い込まれるだけであった。
こういうとき、針葉樹の鋭利(えいり)なりんかくは、とても恐ろしく意地悪に見えてくる。
しんと静かな森の中で、
時々バサっと音がしては、ミシェルをおどろかせる。大きなカラスがゆらりと飛んでいる。
「あれってホントにカラスなの?
ロンドンのカラスの2倍は大きいわ。」
ミシェルは気丈(きじょう)なふりをして、口に出して独り言を言った。
カラスのほうを見やると、なんだかミシェルをねらっているように見えてきた。
「ゴク…」ミシェルは息を飲む。
とにかく道を歩いていれば、バス通りや市街地に突き当たるだろうと読んだが、
どれだけ歩いても、うす暗い林道が続くだけであった。
体力にはまだ余裕があったが、ミシェルは空腹と渇(かわ)きを覚えてきた。
同じ場所を堂々めぐりしているのかとも思ったが、
どうやらそうではないらしかった。
ミシェルは道ばたに、小さな小さな立て札を見つけた。
木製の、手作りの、ボロボロの立て札であった。
「妖精たちのリビングルーム♪」
おぼろげだが、そのように読み取れる。
「リビングルーム?森の中に!?」
頭の中はハテナマークでいっぱいであったが、
ミシェルはその立て札の示すとおりに、
うっすらと残るけもの道に反れてみることにした。
けもの道は、大げさなくらいクネクネ曲がっていたり、
ときにはぐるっと円を描いていたりした。
「きっと、あの立て札を立てた妖精さんは、いたずら好きなのね。」
ミシェルは2時間ぶりに笑みを浮かべた。
草をかき分けながら5分も行くと、
草の少ない、開けた場所にたどり着いた。
立て札と同じくらいに古ぼけた、丸太のウッドテーブルがある。
「これがリビングルームってわけ?
ウサギがティーパーティでも開いてくれるのかしら。」
しばらく丸太のイスに腰かけ、ひじをつきつき待ってみたが、
残念ながら、そのようなファンタジーが起きたりはしない。
「はぁあ。わざわざ歩いてきてソンしちゃったかしら。」
ミシェルはへの字口で肩をすくめると、元来た道をもどろうとした。
そのときだ。
ウサギは来なかったが、つがいのスズメがミシェルの近くに羽ばたいてきた。
スズメの様子を見やると、
なんと、その辺りにベリーがたくさん茂っていることに気づいた。
スズメが退散するのを待って、ミシェルは自分もベリーをつんでみた。
いくつかまとめてほおばってみる。
「甘い!そっか、だからリビングルームなのね!」
ミシェルは、他にもなにか実っていないか、注意深く見渡した。
するとどうだろう。
何かの道しるべのように、ベリーが転々と落ちているではないか。
「なぁに?今度はお菓子の家にでも連れてかれるワケ?」
ベリーを落としたヘンゼルの正体を突き止めるべく、
ミシェルはそのベリーを追いかけながら、さらに奥へと歩いてみることにした。
さらに歩くこと5分。
ミシェルはおどろき、我が目を疑った。
深い森の奥の奥、そこに、小さな小屋がたたずんでいるではないか。
ミシェルは急に緊張してきた。
気丈(きじょう)にもここまで突き進んでは来たが、さて悪者のアジトだったらどうしよう!?
ヘンゼルは、悪い魔女に食べられてしまったのではなかったか?
「ゴク…。」ツバを飲みながら、ミシェルはそろりと小屋に近寄った。
バキ!
ミシェルのふんだ落ち枝が、大きな音をたてて森にひびいた。
「だれ!?」
小屋の戸が開いて、だれかがミシェルにそうさけんだ。
『ミシェル』