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エピソード7 『「おとぎの国」の歩き方』

ヘビのように尻尾をくねらせて、列車は行っちゃった。

はぁあ。

僕は病人みたいに青ざめて、肩を落として棒立ちさ。


まぁいいさ、急ぎの旅じゃないさ。

気を取り直して、町に戻ろうと歩き出すと、

僕の背中から、ガッタンガッタン音がする。

何だ?と思って振り返ると、また1台、列車が入ってくるんだ。

僕は、その長いヘビが駅に収まって停まるまで、ずーっと眺めてた。

列車が停まると、降車客の群れに混じって、車掌が歩いてくるのが見えた。

車掌は見慣れない日本人に気づくと、近寄ってきて、

「チケットを見せてごらん」と愛想よく言う。

僕は、何にも期待せずにとりあえずチケットを差し出す。

すると車掌は、思いがけないことを言う。

「うん。この列車だよ。そしてこの車両だ♪」


へ???

いったいどんな神のおぼしめし!?


よくよく聞いてみると、

さっきの列車は、1つ前の時間の列車だったんだ。それが大幅に遅延してたのさ。

よく考えてみりゃ、その通りだよ。

東南アジアで時間どおりに出発する列車なんて、ありはしないんだ。

こんなことは、ホントによくある。

発車時間の電車に慌てて飛び乗ってみたら、1つ前の電車なんだ。

電車に乗るだけでも、ホント一苦労なんだ。

まぁ、タイとかマレーシアの列車なら、

電光表示や駅員が充実してるから、そんなにてこずることもナイよ。



とりあえず、目当ての列車には無事乗れた。

けど、落ち着けるかって言ったらそうでもナイ。

列車、ボロいし。

そもそも、造りが、列車というより刑務所みたいなんだよ。

なんだろ?この牢獄みたいな窓枠は。景色なんかぜんぜん見えない。

そのクセ、すきま風はぴゅーぴゅー入ってくる。立て付けが悪いんだ。

車内は薄暗く、ガラの悪い客も多い。

華やかな格好の女子大生とか一人も居やしないし、子供の無邪気な笑い声もない。

インドの列車が全てこうってワケじゃないよ?

3等列車ってのは、こうなのさ。一番安い席だからね。


列車はやがて、走り出す。

お腹すいたなぁ。でも食べる物なんかナイ。

駅で何か買えるだろうと思ってたんだよ。でも買えなかったからさ。

リュックの中にクッキーが少し残ってるのを思い出して、

申し訳程度にそれをかじって、空腹とみじめさをしのぐ。

列車が走り出すと、すきま風がますますうっとおしくなる。

暖房なんか付いてるわけもなくて、けっこう寒い。

だからさっきのジモティ客たちは、毛布とか持参してたんだな。

大丈夫なのかな?夜8時でこんな寒くて、真夜中は耐えられんのかな?


…耐えられない(笑)

真夜中になって外気が冷えると、ますますどんどん寒くなる。

毛布の1枚も配られるかと思ったけど、そういうのもナイ。

僕は、持ってる服をありったけ着込んで、タマゴ型にうずくまって震えをしのぐ。


毛布は支給されないけど、車掌らしき人が巡回しに来た。

チケットのチェックかな?全席指定だからね、そういうのもやるさ。

ドヴォルザークみたいなヒゲもじゃ顔の小柄な車掌は、

僕のチケットとパスポートをチェックすると、思いがけないこと言う。

「126ルピー、プリーズ。」

は??

「126ルピー、プリーズ。」

「何でカネ払うの?僕、ちゃんとカネ払ってるよ!」

でも彼は、「126ルピー、プリーズ。」そればっかり言う。

「なぜなの?理由を説明してよ!」僕は食い下がる。

車掌の服着たサギ師かもしんないし、サギする車掌かもしんないよ。

ドヴォルザークは、面倒くさそうな顔して、

何やらシワシワの資料を見せつけながら、片言の英語で応戦してくる。

「今日から、料金の改定があったんだ。

 君はこのチケットを、昨日購入しただろう?

 だからキミのチケットには、改定分の料金が加算されていない。

 ここで追加徴収する必要があるんだよ。」

「そんなの信じられないね!

 いきなり今日、今日突然、料金改定だって!?

 もっと上手なウソをつきなよ!」僕は実際、半笑いしながら言う。

「嘘ではないから、何もつきようが無い。」

ドヴォルザークは、落ち着いた口調で僕をたしなめる。

僕は、

「じゃぁ、おじさんの顔、写真撮らせてもらうよ!

 明日駅で聞いてみて、料金改定がウソだったら、ポリスに突き出すからね!」

まぁこんなふうに言えば、たいていのサギ師は食い下がるさ。

ドヴォルザークも案の定、撮られることを嫌がった。

「ほら、気まずいから抵抗するんだろう?」

「そうではない。

 国家機密の問題として、車掌の写真を撮ることは禁じられている。

 おまえのほうこそ、ポリスに突き出されるぞ!」

ドヴォルザークも怒りだしてきた。

うーん。警察ざたになるのはマズい。

たまたま今日に料金改定したって可能性も、ナイとは限らないしなぁ。

僕は、次の作戦として、

周囲の客たちに「このおっさんの発言は真実か!?」と問いただしてみたけど、

英語のわかる人は周りには誰も居ないらしかった。

僕は仕方なく、126ルピーを払った。



『「おとぎの国」の歩き方』

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