エピソード7
彼は、話を続けます。
「…いいかい?
き、き、君は今、な、何しに来たんだっけ?
心理学を勉強しに来たんだよ。要点はそこだろ?
お、おか、お母さんの知り合いかどうかは重要じゃないし、
別府かどうかはどうだってイイはずさ。
つまらないディテールにこだわるから、カリカリしちゃうんだよ。辛くなるんだよ。
予定どおりにいい、い、いかないとしたって、
転んだ先にメインデッシュが湯気立ててんなら、喜んで食べればいいんじゃない?」
「…!?」
彼は、ナンパの手錬にして、話術の天才なのでしょうか?
それとも、真理の求道者なのでしょうか?
私の猜疑心は、「ナンパのヘリクツだ」と辟易し、
私の好奇心は、「求道者の金言だ」と恍惚していました。
それにしても、キョドりすぎ。
結局私は、彼についていくことにしました。
電車は本当に走りそうな気配がなかったし、この辺のことも全く無知だったし。
幸い、けっこう賑わった街でした。
何か酷いことをされれば、大声を上げて助けを求めれば良いやと思いました。
夜道を歩きながら、エミコ先生には電話を入れました。
明日も空いているとのことなので、延期してもらうことにしました。
206号線とやらを10分ほど歩くと、
通りぞいに、こじんまりとした店がありました。
ライブカフェなる言葉は初めて耳にしましたが、
要するに、ライブハウスとカフェがくっついたような店でした。
重い扉を開けると、急に爆音が突き抜けていきました。扉一枚でこうも違うのか。
この日もライブが行われていました。
アマチュアの、アコースティックのデュオであるようです。
ステージはとても小さく、もう1人も加わればもう、ギュウギュウでしょう。
フロアもそれに準じてこじんまりなので、
スピーカーなど使わなくても、音は全体に届くような気がしました。
ナンパの彼は、客をかきわけてカウンターまで進み、
私にオーナーを紹介しました。
40歳くらいの女性で、エキゾチックな顔立ちをした美人でした。
「ゆうこママ!
ほら、宣言どおりいいい今、ナンパしてきたんだよ。このコ。旅行者だって。」
「あら亮くん、ホントにナンパに挑戦したの!勇気あるじゃなーい!」
挑戦?彼はナンパの常習者では無いのか…
そうよね。こんなにキョドってるんだもの。
私はいっこうに、彼の素性が飲み込めない。
とにかく、彼の名前は亮であり、彼女の名前はゆうこさんだ。
彼は、ライブ音響に負けじと大きく声を張り、会話を続けます。
「彼女、心理学にき、き、興味あるんだって。
ゆうこママ、何かレクチャーしてやってよ。はるばる東京から来たんだから。」
…私は東京人だと思われているらしい。面倒臭いので訂正はしなかった。
「あら、心理学を?学校で学んでるの?
っていうかあなた、お名前は?」
ゆうこさんは、私にカシスオレンジを差し出し、そして愛想よく会釈した。
「じゃぁおお、おオレ、もう行くわ。今日はもう眠いからさ!」
…彼は、
初対面の私とゆうこさんを置き去りにして、
家かどこかに帰っていってしまった。
まぁ、私と彼も初対面なのだが。
『自由の空へ』
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