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エピソード8 『人魚たちの償い』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月28日
  • 読了時間: 3分

エピソード8

私たちが打ち上げられたのは、カリブ海のどこかの島だった。

私たちは、少しうろうろ歩いてみたけれど、

周囲に人影はなく、家も建造物も見受けられなかった。

「無人島かもしれないな。」父は言った。

「開拓地とは聞いてたけどさ、

 ここまで原始的だなんて、聞いてなかったぜ!」

アントニーが皮肉っぽく言った。

「良かったじゃない?まったく勉強しなくて済むわよ。」私も皮肉で返した。

「逆だよ。

 猛勉強が必要だ。サバイバルの、な。」

父は遠い目で、これから待ち受けるであろう過酷な日々を見透かして、言った。


いろいろと考えなければならなかった。

食べ物はどうするか?

ねぐらはどうするか?

脱出はどうするか?

食べ物とねぐらは、緊急命題だった。

日が暮れるまでに、粗末でもどうにかしなければ。


まず父は、集合場所を決めた。

何をするとしても、4人で動いていたのでは効率が悪い。

手分けして探し、動くためには、

集合する場所を決めておかなくてはならない。

父は、私たちが打ち上げられたあたりの砂浜に、

小さな砂山を作った。

そこに棒切れを立て、自分が着ていた背広を引っ掛けた。

旗のつもりであるらしかった。


目印が決まると、私たちはばらばらに動き始めた。

私は、魚がいないか浅瀬を見てまわることにした。

海になじみのない私は、

海のどんなところにどんな魚がいるのか、よく知らなかった。

何の策も無く、とにかく浅瀬をうろうろしてみる以外になかった。

小さな魚の群れが、すぐに見つかった。

とてもキレイな色をしていて、私は軽く興奮してしまった。

自然界に、こんな鮮やかな色の生き物がいるとは。

しかしその魚は、あまりにも小さすぎて、食用というふうではなかった。

岩場のほうまで歩いていくと、何かが一斉に動いた。

かかがんで目を凝らしてみると、どうやらカニの大群だ。

しかしこれも、あまりに小さすぎて、食べられそうにはなかった。

立ち上がって岩場を見渡すと、

打ち上げられてピチピチしている魚を、1匹見つけた。

「これなら食べられるかもしれない」

私はワンピースのすそを袋のように持ち上げて、

そこにその魚をすくい入れ、大事に大事に運んだ。


母は、私とは逆に、陸側の探索に出た。

浜は100mほどで途切れ、そこからは林になっている。

茂っているのは主に、ヤシという名前の植物だったが、母はそれを知らなかった。

ところどころに、ラグビーボールのような実が転がっている。

これがどうになるのではないかと母は思ったが、

手に持ってみるとあまりに硬いので、すぐに諦めてしまった。


私と母にできることは、それくらいしかなかった。

私はすぐに旗のところまで戻って、

そこでひざを抱えて、ただただ海を眺めていた。

美しい。

海の美しさは、現実感の戻った今も、まったく変わりはしなかった。

この世のものとは思えないほど、美しい色だった。

薄いターコイズブルーなどという色は、スペインの都会にはありはしないのだ。

そのような身からすると、やはりこの風景は、この世のものとは思えない。

食べる物もねぐらもなく、明日の命さえ危うい身だっていうのに、

この美しい海を眺めていると、ある種の恍惚を感じるのだった。

いつまでもここに居たいと、感じてしまうのだった。


『人魚たちの償い』

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