エピソード8 『私の彼は有名人』
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- 2023年3月26日
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エピソード8
路上ライブで、彼にそれを見せると、とても喜んでくれた。
良かった…
「余計なマネするな」って怒られないか、内心ドキドキだったのだ。
怒ったりするような人ではないけれど、
だからこそ、困らせたくはない。
彼は、ギターケースの横にそのフライヤーの束を置き、
チューナーを重しがわりにして、風で飛ぶのを食い止めていた。
ときどき、通りすがりの人たちが、
そのチラシを手に取り、眺め、そして、持ち帰っていった。
しかし、ごく2~3人程度のものだ…。
それを眺めていた私は、ハっと思い出した。
ライブハウスで、お客さん一人ひとりにアンケート用紙を手渡しするミュージシャンを。
あれは確実に、紙を手にとってもらいやすいし、印象に残りやすい。
であれば、このフライヤーだって、
ただ地面に置いておくだけでは、もったいないではないか。
私は、そのフライヤーの束を再び取り上げると、
彼の前に、彼と同じ向きで、立った。
今までは、彼とは常に、向き合う立ち位置であったけれど、
今初めて、彼と同じ向きで立つ格好になった。
フシギなもので、連帯感・一体感のようなものが芽生えてきた!
「彼のCDが売れるか否かは、私にかかっている!」
勝手に、そんな気がしてきた。
次の瞬間、私は、声を張り上げていた。
「よろしくお願いしまーす!CDも売ってますよー!」
半ば体が勝手に動いていた。口が勝手に動いていた。
私は、自分にビックリした!
これまで私は、駅前でこんなふうにビラ配りする人たちを、
半ば、軽蔑していたのだった。
軽蔑まではいかないにしても、「自分には絶対ムリ」と思っていたのだ。
…それを今、私がやっている。
誰に強制されるでもなく、自分から…!
「よろしくお願いしまーす!CD、残りが5枚を切りましたー!」
「よろしくお願いしまーす!○○大学でパワープレイされたミュージシャンでーす!」
自分でもビックリするくらい、色んな宣伝文句が浮かんできた。
アドリブが大の苦手な私だったのに…!?
人のために何かをしようとすると、
こんなにもパワーが湧いてくるものなのか。
こんなにもアイデアが湧いてくるものなのか。
『私の彼は有名人』