エピソード9 『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』
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- 2023年3月5日
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1台ならまだしも、3台も注文が入っちゃったわ。
さすがにパパ一人じゃどうにもならなくなって、人を雇うことになったわ。
つい昨日まで無職だったのに、いきなり雇い主よ。どうなってんの?
そうして半年も経つと、
セントニール島の西海岸には、青と白のキレイな船が、幾つもただようようになったわ。
それを丘の上から眺めると、あんがい絶景なのよ。美しいわ。
ある日私、お遣いを頼まれて、
珍しく、島の外まででかけていったの。
その帰りのことなんだけど、
私、久しぶりに迷子になっちゃったわ!
なぜって?船着場から、青い丸屋根を目印に歩いたら、
ぜんぜん知らない人の家にたどり着いちゃったの!
私が居ない間に、パパたち引っ越しちゃったのかと焦ったわ!
でもそうじゃないの。よく見ると、ウチじゃない。
意味わかる?我が家のマネして、丸屋根を青く塗る家が現れたのよ。
それも、1軒だけじゃないの。
マネする人が1軒現れたとたんに、何十軒も、一気に増えたわ!
屋根を青く塗るだけなら、カンタンだからね。日曜大工ニガテでも、できちゃう。
パパ別に、マネされても怒ったりしなかったけど、
迷子の目印がなくなっちゃったわ。まぁ、その頃には迷わなくなってきたけど。
…そうして…
私たちが引っ越してきて、1年経った頃には、
家はどこもかしこも青白だし、船はどれもこれも青白なの。
みーんなパパと同じ!みーんなキレイ!
それで、どうなったとおもう?
セントニール島ったら、観光地になっちゃったの!
青白の家並みと青白の帆船をお目当てに、
観光客がどっと押し寄せるようになっちゃったの!
ヴェネチカの町と同じことが起きたわ。
観光客を目当てに商売する人が出てきて、
海鮮パスタの店が3軒できて、次に海鮮パスタの店が3軒できて、
おまけに海鮮パスタの店が3軒できたわ。
お土産屋がたくさん出来たし、
観光客をクルージングするために、青白の帆船が走りはじめた。
クツ屋さんと古本屋さんが潰れて、教会でカードを売るようになったわ。
そして、迷路の路地を、白い浜辺を、無数の人が行き交うようになっちゃった。
町は汚れ、浜は汚れ、人の心も汚れてしまったわ。
ヴェネチカの町と同じ。何から何まで同じよ。
パパに感謝する人が大勢現れて、パパを憎む人も大勢現れたわ。
それもこれも、パパが青く塗りはじめたからですもの。
パパって、疫病神なの?福の神なの?
観光客はどんどん増えたわ。
「地中海一の楽園!」なんて言われるようにもなったけど、
それは違うのよ。
この島が楽園だったのは、観光客が押し寄せる前の日までのこと。
あの頃は、たしかに楽園だったわ。地中海で1番かもしれない。
でも今は違う。
クツ屋も古本屋も無いのに、楽園なわけないじゃない。
コーヒーが300リラもするなんて、楽園なわけないじゃない。
『マイウェイ -迷路の町のカロリーナ-』