エピソード9
飛行機は滞りなく、チェンマイの空港に降り立った。
時間はまだ、昼過ぎだ。
入国手続きやらはちょっと緊張したが、問題は無かった。
日本人は善人だと信頼されているらしく、
入国カードに2~3空欄があろうとも、大して突っつかれたりもしない。
俺の字なんて汚すぎて、ロクに読めていないだろうに。
空港から市内へは、エアポートタクシーを使った。
トゥクトゥクやソンテウのほうが安くいけるが、トラブルに遭いやすい。
別に多少のトラブルは構わないが、今日はもう、くたびれている。
半ば自動的に、ターペー門で降ろされる。
旧市街城壁の、玄関口のような場所だ。
そこからは、適当に歩く。
…おかしい。
チェンマイの旧市街って、こんなに騒々しい場所だったろうか?
俺の記憶では、もっと静かで風情のある町だった気がするが…
新しい店構えのカフェや宿が多いところをみると、
観光地化がものすごいスピードで進んだのだろう。
「旧市街」というのは名前だけであって、
もはや、新興都市だ。何の風情もないし、観光地とも思えない。
俺は、ガイドブックの中で2番目に安い宿を見繕い、そこを目指した。
安い宿なら騒がしい大通りから離れているだろう。
それなりに風情があり、静かな場所にあるだろう。
かといって、一番安い宿は危うい。
この辺りは、オプショナルツアーを高額で売りつける商法が、
かなり流行っているらしい。
宿泊料金の安さでひきつけておいて、ツアー料金で荒稼ぎするのだ。
俺の目測は、だいたい正しかった。
風情があるとは言えなかったが、大通りからは離れており、静かな宿だった。
荷物を置いたら、次は探しものをしなければならない。
この辺りに、日本人の経営するツアー会社があるらしい。
山岳トレッキングのブッキングは、この街で済ませるつもりだ。
ちょうど良い。ツアー会社を探すかたわら、近場の地理把握ができる。
どこに何があるのか、安い食堂と商店くらいは、見繕っておきたい。
急いではいなかったから、半ば適当に歩いた。
細い路地ばかり選んで歩いた。細い路地がなければ静かな路地を歩いた。
静かな路地がなければ、英語看板のない路地を歩いた。
やがて、仏教寺院がちらほら見えはじめた。
この辺まで来てようやく、タイ風情を感じられる。チェンマイ風情を感じられる。
万が一のため、親父にチェンマイ散歩をした証拠を見せ付けるため、
写真の2~3枚でも撮っておく。
この辺りは、
金色の屋根や鉄塔を持つような寺院が多い。煌びやかと言える。
対して、
日本で仏教寺院といえば、質実剛健の代名詞のようなものだ。
ほとんど飾り気などなく、少なくとも色鮮やかに塗られたりはしない。
同じ仏教でも、ずいぶんと文化が違うものだ。
やがて、
閑静な住宅街に行き着く。とても静かだ。
カフェなどもあるにはあるが、自宅自営のようなのんびりした趣だ。
もの静かな金髪美女が、グリーンカレーか何かを一人で食べている。
ああいうのと仲良くなってみたいが、
俺は、女を口説くスキルなど、まるで持っていない。
見つけた。ここだ。
とても小さな看板だから、見落としてしまっても不思議ではなかったろう。
俺は躊躇なく玄関をくぐる。
広い中庭をつ、大きな一軒家だ。
『全ての子供に教育を』