エピソード16 『トランク1つで生きていく』
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- 2023年3月9日
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「万屋」で生活していると、ときどき誰かと仲良くなることがある。
宿泊客の中には長期滞在の人もいて、なぜか私の名前を覚えていたりもする。
「ハナちゃんは、毎日掃除ばっかりしてるね?
若いのに掃除を嫌がらない女は、イイ女なんだよ。」
私ははっと振り返った。
リビングのちゃぶ台で、中年の、小太りの男の人がパソコンをやっている。
「私、掃除がお仕事なんです。」
「そうか。それでも偉いよ。掃除を仕事に選ぶんだから。」
「ごめんなさい。私、掃除を選んだってわけじゃないんです。
寝るところ提供してもらうためには、掃除する必要があったんです。」
「あれ?キミもノマドなの?」
「ノマド?」」また新しい単語が出てきた。
「ノマドワーカー。違うの?
オレはノマドやってんのよ。
フリーランスでパソコン仕事しながら、あっちこっちで暮らしてんの。」
「ウェブライターですか?」
「いや、どっちかっつうとウェブ構築だな。ホームページ作成だよ。
記事書くこともあるけどね。」
「私、ウェブライターやっています。」
「フリーだろ?」
「はい。」
「やっぱり!ノマドじゃんか。キミみたいのをノマドっていうんだ。」
「そうなんですか。」
「フリーランサーにしちゃ若いな。
キミ年いくつよ?まだ30いってないよな?」
「二十歳です。」
「若っ!想像以上に若いじゃんかよ!
なんでその若さでノマドやってんのよ?」
「私、熊本地震で家失くしたんです。
それで転々としてるんです。」
「そうか。たくましいのな。いいね、ハナちゃん。
京都にずっと暮らすってわけじゃないのか。」
「わかりません。そうなるかもしれないけど、
いずれは違うところに行くんじゃないかなって、思ってます。
まだ今はウェブライターで月収15万稼げないので、
まだ今は出れないと思ってます。」
「そう。ちゃんと考えてんのな。
15万稼げないのか。10万は?」
「10万は稼げるかな。がんばれば。」
「そう?じゃぁ移れるよ。移れるとこある。」
「そうなんですか?」
「うん。沖縄は?興味ないの?」
「沖縄!いいですね!」
「なんだ!じゃぁ沖縄行けば?」
「沖縄なら10万で暮らせるんですか?」
「暮らせるよ。キミ、ノマドだろ?
ドミトリー、大丈夫?相部屋でも平気?」
「平気です。今、ここの相部屋で暮らしてます。」
「じゃぁいけるよ。
沖縄のゲストハウスって、京都よりも安いんだ。那覇ならね。
1泊1,000円でも泊まれるから、家賃3万だよ。だったら10万で暮らせるでしょ?」
「…暮らせるかも?」
ちょうど良いタイミングだったんだと思う。
京都に来たばかりの私なら、蹴っていた話だろう。
でも最近は、京都の観光にも飽きてきていたし、
冬の訪れに憂鬱を感じているところでもあったのです。
沖縄だったら冬でも寒くないし、新しい景色が見られる。沖縄、行ったことないし。
12月の初旬、紅葉に染まる京都の観光をひととおり終えてから、
私はついに、新天地沖縄へと旅立った。
コウセイくんとの別れは寂しかったけれど、きっとまた会える。
会おうと思えば誰にだって、また会えると思う。今の私なら。
『トランク1つで生きていく』



