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エピソード3 『トランク1つで生きていく』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月8日
  • 読了時間: 3分

「ちょっとあなた、それ何て書いてあるの?山口とかって?」

良かった!女性だ!!

くねくねのソバージュに大きなサングラス。勝気なしゃべり方をしているけど、

たしかに女性だ!

女性はサングラスを取って目を細め、口をぽかんと開けて、

私とスケッチブックを交互に凝視している。

「あ、あの。ヒッチハイクしようと思って…。」私はドギマギと答える。

「あっはははは!それで山口?」

「いえ!県外か、九州を出られれば。

 何でもいいんです。被害少ないのところで…」

「落ち着きなさいよ。わかったからさ。」

「あ、はい。」

落ち着いてもいられなかったのだ。今の今まで、襲われるかもしれなかったんだから。

私は胸に手を当てて、大きく深呼吸をした。

「あなた女性よね?いいわ。乗っていきなさいよ!」

「え、いいんですか!?」

私はパーカーのフードをはぎ取って、胸までのロングヘアを見せつけながら言った。

「オトコならためらうけどね。女ならいいわよ。

 旅しようじゃない?一緒に。」

私は助手席側に周り、車に乗り込んだ。トランクはしっかりひざに抱える。



「いつもはもう寝てる時間だけどね。今日はこのまま飛ばすわよ?いい?」

フロントミラー越しに私の顔を伺いながら、彼女は言う。

「えぇっと。何から聞けばいいでしょうか…

 まず、お名前は?私はハナといいます。」

「ハナちゃんね?アタシ、愛子よ。アイコ。」

「アイコさん。ありがとうございました!」

「いいのよ。ついでなんだもの。逆方向なら乗せてないわ。」

「それで、あの。『旅しよう』とか言ってましたけど?」

愛子さんは、車のラジオを消してしまった。会話の邪魔だと感じたらしい。

「そうよ。あなた、『避難』でしょ?アタシ、『旅』なのよ。

 まぁ『避難』でもあるけど。でも別に、特別なことじゃないワケ。」

「ええっと…?」

「あっはは!意味わかんないわよねぇ、こんなんじゃ。

 ごめんなさい?アタシ、言葉とかヘタでぇ。

 えぇっと、何て言えばいいの?

 つまりアタシ、熊本に住んでるわけじゃないのよ、もともと。

 墓参りしに、たまたま2~3日前から熊本に来てたってワケ。」

「じゃぁ、『帰る』っていうことですね?

 お住まいは、どこなんですか?」


「アタシの住まい?

 あっはは。どこでもないの。」

「え!?」

「どこでもないのよ。実家は横浜だけどね。ぜんぜん住んでないわ。」

「どういうことですか?」

「車で、暮らしてんのよ!この子に。」愛子さんは、ハンドルをバンバンと叩く。

「車で!?」

「『車中泊』ってコトバ、聞いたことあるでしょ?

 それの延長線上みたいなもんね。」

「車中泊って!本気なんですか?くつろげないですよね?」

「だからほら、バンなわけよ。ワンボックスっていうの?」またハンドルをバンバン叩く。

愛子さんは続ける。

「空間が広いでしょ?うしろ、シート倒したらけっこう広いのよ。

 けっこう寝れるし、家財道具も積めるし。」

愛子さんは、促すように後部座席側を指さす。私は振り返る。

本当だ。半分にはマットが敷いてあり、半分には家財道具が積んである。

「キャンピングカーほどすごくはないけどね。高いから、アレは。

 でもキャンピングカーみたいなもんよ。工夫すれば。」

「工夫すれば?」

「水周りとか、普通の車じゃカバーできないでしょ?

 だったら寝泊りする場所を、水のそばにすりゃいいのよ。

 サービスエリアとかさ。川のそばとか。

 最低限トイレがあればいいから、コンビニのそばで寝ることもあるわ。

 田舎だと、それがカンタンなのよ。

 都会じゃムリね。横浜もムリ。車停めらんないから。」

「へぇ。」なんとなく、理解できてきた。



『トランク1つで生きていく』

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