episode74 『王と悟り』
episode74

場面は大きく変わり、時代は大きく変わる。
今より約5年前、場所はソロの妹ゼシカとセーニャの女学校。その体育館で生徒総会が行われていた。全校生徒が集まり、教員たちが学校の方針やその変更事項などを伝える。
生徒総会は終盤に差し掛かった。教頭先生は締めに入る。
教「・・・というわけで来年度も概ね現状維持。歴史あり由緒ある桜が丘女学院の秩序は、平和に保たれるだろう。
では最後に、誰か学校に提案などしたい者はあるか?
顔と名札をしっかり見せつつ、話したまえ」
教頭は全校生徒に、学校の不満や提案などないか、促したのだった。民主主義が採用されている、という体裁を保つために。
シ――――――――ン・・・
生徒たちは何も反応を示さなかった。
教「何もないな。宜しい。
ではこれにて閉幕を・・・」
「はい!意見があります!」
ためらいを伴いながらも、挙がる1つの小さな手があった。
教「なぬ?そうか。
では教壇に参りなさい」
教頭は挙手した生徒に、全校生徒の前に出てくるようにと促した。
そろそろそろ。
出てきたのは、ゼシカなのだった。
教頭は教壇の前でゼシカを出迎える。
ゼシカを顔からつま先まで、全身じろりと見つめまわす。
教「君は、誰だね?」威圧をこめて名を尋ねた。
「面倒臭いことをやらかすのは、どこのどいつだ?」という意味だ。その顔と名を覚えておくために。
ゼ「ご、5年2組のゼシカ・ムーランです」
教「ふむ。5年2組のゼシカ君。なんだね?
マイクに向かって意見を述べたまえ」
ごく。ゼシカはツバを飲んだ。緊張しているのだ。
ゼ「あの、あのう・・・。
制服を廃止すべきだと思います!」
教「なんだって!?」
ざわざわ!
ざわざわ!
生徒たちと教師たちは別の思惑から、ざわつき立てるのだった。
ゼ「こ、この学校は民主主義ですか?」
教「そうだが?だからこうして毎年、生徒総会に1日を割いておる」
ゼ「で、で、でも!
生徒は誰一人、制服を望んでいません。可愛い服を着たいと思っています」
教「そんな投書は目安箱に1つも入っていないが?
去年の生徒総会でも誰も言わなかったがね?」
ゼ「で、でも。
私の友達はみんな、制服なんてイヤって言ってます。少なくとも5年生のコたちは結構大勢そう言ってます」
教「制服を辞めたいだと?
服装を自由化すると、風気が荒れる。それなのに自由化したいと?」
ゼ「で、でも、みんな頭の良い子たちです。不良学校とは違います。
こ、この学校は、民主主義なんですよね?」
教「ふぅむ。
そうか。では気が済むまでやらせてやろう。
では諸君!」
教頭は全校生徒に向いて叫んだ。
教「諸君!
では分別のある4年生以上の皆に、投票権を与える。
この中で、校則を覆して制服着用を辞めたい、私服登校がいい、という者は、声を上げて手を挙げなさい」
わぁ・・・!生徒たちがにわかにざわめき立った。
教「ただし!
名札を隠さずに見せながら!
その顔を隠さずに見せながら!
では挙手を!」
シ――――――――ン・・・
1つの手も、挙がりはしないのだった。
ゼ「どうして・・・!?」ゼシカは悲壮になった。
教「5年2組のゼシカ君といったかな。
君は大嘘付きのようだ。
1つも手は挙がらない。1人も賛同者はいない。
えぇと、5年生と言ったか?5年生の辺りからも1つも手は挙がっていないぞ?」
ゼ「そ、そんな・・・!」
ゼシカは裏切られた気分だった。皆、休み時間や放課後の私的な会話の中では「制服なんてくそくらえ!」「可愛いミニスカで登校したい!」と言っているのに!
なぜ生徒たちは手を挙げなかったのか?
「学校に謀反している、という印象を与えたくないから」だ。名札を見せ、顔を見せながらここで挙手することは、彼女たちの内申書に響く、と恐れたからだった。
そんなの、全員が手を挙げれば、いいやたった2割でも手を挙げれば、問題児扱いされることなどありはしないというのに、皆、保身のためにゼシカを血祭りに上げるのだった。
ゼ「う、うっうっうっ・・・」ゼシカは泣き始めた。
しかし教頭は冷徹な表情を崩さない。
教「はぁ。ゼシカ君。君は大嘘付きだ。
君の将来は危ぶまれるよ、まったく」
ゼ「どうして・・・
うっうっうっ・・・」
教「気が済んだろう?もう下がりなさ・・・」
「ちょっと待ってください!!!」
どこからか声がする!
拡声器で増幅された声が!
「なんだ」
「誰だ!?」
生徒たちはまたざわつく。
ドタドタドタ。ステージの裏手から鈍い音がする。
バタン。そして小さな扉が開く音。上には放送室があるのだった。
そこから出てきたのは・・・
涙を浮かべ息を切らす、セーニャだった。
ゼ「せ、セーニャ・・・!」
セ「わた、わた、わた・・・」
教「なんだね。君は?」
セ「わたしも、賛成です!
制服ではなく私服のほうがいいと思っています!!」
セーニャは体育館のすべてに聞こえるように、大きな声で精一杯叫んだ。
教「そうか。2票」
セ「ねぇ!みんなもそうでしょう!?
みんなだって私服に変えたいでしょう!?」
セーニャは体育館中に投げかけた。
しかし。
シ――――――――ン・・・
1つの手も、1つの声も挙がりはしないのだった。
セ「うっうっうっ・・・
うわーーーーーん!!」
セーニャは珍しく大声で泣いた。普段は泣く子ではないのに。ゼシカよりも感情的にはならないはずのセーニャなのに。セーニャは、ゼシカを守れなかったことが、悲しかったのだ。自分のことよりも、ゼシカのことが悔しくて。
ゼ「セーニャ!」
ゼシカはセーニャに飛びついて、彼女をきつく抱きしめ、そして2人で泣いた。
教「馬鹿だな。1票が2票になったって何も変わりはしないのに」
教頭は2人に向かって呟いた。
そして全校生徒に向き直る。
教「生徒総会はこれにて閉会する。
以上!」
いいや、違う。
セーニャは、たとえ1票だろうが、たとえ1人だろうが、「ゼシカに味方する者がいる」ということを表明したいのだった。表明せずにはいられないのだった。
そしてそれは、全く無意味な行動ではなかった!
教室に戻る。
ゼシカは気落ちせずに、友人たちに尋ねる。
ゼ「ねぇどうして手を挙げてくれなかったの?
いつも制服イヤって言ってるのに!」
友「ごめぇんゼシカ。名札見せろとか言ってるし・・・」
友「でもさ?どうしてあんな、内心点下げるようなことするわけ?
ああいうのは目安箱に、無記名でやればいいことじゃん」
ゼ「でも目安箱で通ったためしがないってセンパイ言ってたじゃん?」
友「そうだけど・・・」
友人たちは、「内申書に響くようなことをするな」と言いたいだけなのだった。
それから。
ゼシカとセーニャは孤立することになった。
「あの子たちと仲良くしていると内申書に響く」と、友人たちは恐れたのだった。
ゼシカとセーニャは、とても孤独だった。
ゼシカとセーニャは、でも独りではなかった。
ゼシカとセーニャは、とても孤独だった。
ゼシカとセーニャは、でも独りではなかった。
ゼシカは、心に100ポイントのダメージを受けた。
私たちの平和な社会の中で、肉体に10ポイントもの攻撃を喰らうことはあまりない。しかし心を痛める戦いは起こっている。友人の悪口や、上司の無神経など。
ゼシカは学友の薄情さによって心に100ポイントものダメージを受けた。しかしゼシカは死ななかった。心が、ある程度強いからだ。
しかし瀕死に陥った。彼女の心のHPは105しかないのだから。
しかしセーニャの慰めによってゼシカは九死に一生を得る。そしてみるみる回復を見せる。
そしてまたゼシカは、戦いに出る。演劇部の部長なんぞ引き受けて、またなにかと矢面に立ち、学友たちの無神経さを背負いこんだりする。
そうしてゼシカはまた強くなる。
心のHPが120くらいにはなっている。
そうして人は、強くなるのだ。私たちの社会でも、RPGと同じようなことが起こっている。人は社会に揉まれながら、心を鍛えていく。何かと戦うことによって、心を鍛えていく。
ゼシカは、心を鍛えた。だから戦えるのだ。泣きながらも、戦いきったのだ。
あなたは、どうだ?
RPGとは、単なる空想ではない。私たちの社会の比喩だ。
あなたに伝説の《いかずちの杖》でも授けたとして、あなたはいっかくうさぎよりも強い敵と戦う度胸があるのか?ないなら授けられるはずもないのだ。ないなら、偉そうなことを言わないことだ。
ないなら、みならいあくまを倒しに行かないことだ。
順序があるのだよ。まずは「旅行のための有給をください」と進言することから始めたらいい。
鬱やいじめから立ち直るというのは、こういうことだ。



