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エピソード10 『トランク1つで生きていく』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月8日
  • 読了時間: 4分

私は翌日、メグちゃんに別れを告げて、京都の町を目指した。


電車を乗り継いで、無事京都駅にはついた。けれど。

はて、ゲストハウスとやらは、どうやって探せば良いのでしょうか?

私は、ゲストハウスというのはなじみがなくてよくわからない。

メグちゃん曰く、値段が安いので若者や外国人が好むらしい。


私は、大きなリュックを背負った外国人青年の2人組に、目をつけた。

きっとこの人たち、ゲストハウスとやらに行くんじゃないかな?

声をかける勇気はなく、その英語力もないので、

とにかく、スパイみたいについていくしかなかった。

二人は地図を眺めながら駅前を抜け、きょろきょろしながらいくつも信号を渡った。

あんな大きなリュックを背負って、そう長い距離を歩くことはないだろうと思ったのに、

そうでもなかった。

駅を出てから、かれこれ20分は経ってしまった。

信号を10も渡り、角を20も曲がった。

ひょっとして彼ら、迷子になったんだろうか?ゲストハウスってそんなに遠いの?

っていうか、私が迷子だ。もう駅までの帰り道はわからない。

っていうか、私が疲れた。トランクを持つ手がもうしびれてきた。

かといって、引き返すわけにもいかないし…


30分近くも歩き、彼らはようやく、歩みを止めた。

彼らの前に、私の前にたたずむのは、いわゆる「長屋」と言われる古京都風の、

風情ある建物だった。なかなかオシャレじゃないですか。

生木を使って作った、立派な看板が掲げてある。

「万屋」…まんや??ヘンな名前。

と思ったら、

「ヨ・ロ・ズ・ヤ!イグザクトリー!」と、外国人青年たちがハイタッチしていた。

あ、よろずや。そういえば、そんなふうに読むんだわ。

危なかった。店員さんに「まんや」とか言って恥をかくところだった。


彼らがチェックインを終えるのを待ち、私もフロントへと向かった。

フロントには、若い男の人がちゃらっと腕をつっぷしていた。

「あのう、住み込みヘルパーというのは、募集していませんか?」

「え?連絡とかいただきました?」

彼は慌てて、脇のパソコンをチェックしはじめた。

「え!?ごめんなさい。そういうのはしていないんですが…

 予約しないとダメなんですか?」

「いや、欠員があれば予約が無くてもオッケーではありますけど…

 えっと、何を?どういうことなんスか?」

ホテルのフロントらしからぬユルいしゃべり方だけど、

きっとこれがゲストハウスというものなんでしょう。

「あのですね、私、熊本地震で家を失くしまして…」

本当はもっと混み入った事情だけど、かいつまんで話した。愛子さんみたいにシンプルに、ね。

「へぇ!そりゃ大変でしたね!無事で良かったですね!

「だから、住まいと仕事を探してるんです。

 そしたら、京都にゲストハウスっていうのがあるよって教わって…」

「そうなんスか。

 オーナーに掛け合いますよ。優先的に雇ってあげてって。」

口調はユルいけれど、優しい人らしい。愛子さんと同じタイプかな。

「でも…」彼は話を続ける。

「ヘルパーって、給料安いっスよ?

 今ウチで空いてる枠だと、朝の掃除で、

 9時~12時までの3時間×週5で、給料2万です。」

「2万!?3×5×4で…60時間働いて、2万ですか!?」

「ベッドとまかないが付きますけどね。まかないの、食材だけね。自炊ッス。」

「2万…」

「でも、ウチはマシなほうっスよ。

 これ以上働いて、ベッドしか付かないとこもあるし。

 ベッド代が月4万相当だから、実質7万円くらいの価値ありますね。

 60時間で7万だったら、悪くないでしょ。

 それに、敷金礼金払わずに住むとこ確保できるのも、大きいっスよね。

 だからけっこう需要あるんです。ヘルパーってのは。

 まぁ、午後と夜はフリーだから、Wワークしてイイんですよ。

 そしたら10万は稼げるから。暮らせないことはないです。」

「そう…ですか。」

得なのかなんなのか、いまいちよくわからないところもあったけど、

他にあてのない私は、この舟に乗っかってみるしかなかった。


受付の彼はオーナーに電話をしてくれて、

すると、「被災者の女性だ」と伝えるだけで、採用を決めてくれた。

「あんまりにサボるなら追い出すぞ」とクギを刺してはいたらしいけど、

要するに、被災者の私を配慮してくれたらしい。

ユルいなりに優しいんだなと、また思うのだった。



『トランク1つで生きていく』

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