エピソード11
彼は電話を終えると、私に館内案内をしてくれた。
「ハナちゃんが寝泊りするの、ここね。」
通された部屋は、10畳ほどの畳の部屋だった。
部屋の隅には、旅行かばんが2,3置いてある。
「相部屋ですか?」私は尋ねる。
「そう。ドミトリーだけど、大丈夫?」
「えぇ、まぁ。」と私はクールに言った。
ここ1週間ほどずっと、相部屋というか添い寝の距離で眠ってきたから、
いまさら他人と同じ部屋で眠ることに、何の抵抗もない。
朝の3時間の掃除で寝床が手に入るなんて、タダで提供してもらってるようなものだと、
住むあてのない私としては、感じていた。ありがたい、とにかく。
寝床だけではないのだ。3食分の食材がついてくる。
居間でテレビは見れるし、無線LANも使わせてくれる。スマホの充電もできる。
洗濯機も無料で使えるし、シャワーだっていつでも使える。
新聞や漫画も読めるし、ドライヤーだってちゃんとあった。
家とあまり大差ないじゃない。共有する仲間がちょっと多いってだけで。
私は、部屋の隅にトランクをそっと置いて、
ふぅとためいきをつき、畳にぺちゃっと座り込んだ。「やっとひと段落」のふぅだ。
窓辺から聞こえる小鳥のさえずりに耳をすませてぼーっとしていると、
彼が口を開いた。
「シャレたカバンだね。トランクなんて。下北系?」
「はい?」下北系というのはよくわからなかったけど、
個性的とかオシャレとか、そういう意味で言っているらしかった。
「今から買出し行くんだけど、一緒に来ませんか?
近場の安い店とか、案内してあげるけど。」
「あ、お願いします。」
彼は、名前をコウセイといった。年は22で、私より2つ上だ。
トランクがシャレてるシャレてると言うので、
私はここに来るまでのいきさつを、彼に話して聞かせることにした。
愛子さんのことも。愛子さんの哲学や「のり付け」論についても。
「いいじゃん!トランク1つで暮らせる子って、オトコにモテると思うよ!」
「いや、男にモテたくないんですってば。」
「あ、そうか。」
まぁ、コウセイくんの言わんとしていることはわかる。
お金のかからない女は、男の人に喜ばれるんだろうと思う。
宿は、なかなか便利なところにあった。
スーパーもドッラグストアもコンビニも、すぐ近いところにある。
駅からの便だけは悪いのかと思っていたけれど、それも違った。
京都線という私鉄の駅が、ほど近くにあった。
私の尾行した外国人の彼らは、駅を知らなかったか、乗り換えを面倒に感じたか。
翌日から私は、ヘルパーの仕事が始まった。
掃除はそう難しくない。でも私は筋力が弱いので、最初のうちはちょっとキツかった。
雑巾で拭き掃除をするだけでも、二の腕がけっこう疲れる。
布団を10枚運ぶだけでも、背筋がけっこう疲れる。
けれど、スタッフは優しく、オーナーも無口なりに優しいので、
ストレスというストレスを感じずに過ごせた。
誰もあまり几帳面ではなく、誰もあまり怒らない。
『トランク1つで生きていく』