エピソード11
日が暮れてしまう前に宿を取らなくては。
「えぇと、どこだったかな」サラン村の側から入ると、宿屋は遠い場所にあった。キョロキョロしながら、れいはようやく宿屋を見つける。
素朴な村の、素朴な宿屋だ。王都から来るとその粗末な部屋に文句を言う者も少なくないが、同じ様に辺鄙な村に暮らすれいにとって、別にこの素朴な寝室は珍しいものではない。
シーツはお日様の匂いがした。ちゃんとシーツ交換されてある。それだけで充分だ。
部屋の窓から夕陽を眺める。夕陽に染まりゆく村が見える。
慣れない土地で日が暮れ始めると、少し不安な気持ちになる。れいは少し動揺を感じたが、「いやいや、それは親と一緒の旅行でも同じことだ!」と思い直す。別に私は今、そんなに大変な状況にいるわけじゃない。
真っ暗になると身動きがとれないし、犯罪の危険も高まる。早めに夕飯を済ませなくては。
れいは受付のある1階へ降りた。
宿屋の店主は、暇な店特有のアットホームな接客スタイルをしていた。
受付の前の客用テーブルに座って、手製の夕飯を食べている。
あ、テンペだ!れいが食べ損ねたテンペを、宿屋の店主は食べている。店では売り切れていても、各家庭にはまだ残っていたりするのだ。
れいは意を決して話しかけた。
れ「あのう、すみません」
宿「うん?なんだね?」
れ「おじさんの夕飯のテンペを、私にも少し分けてはもらえないでしょうか?」
宿「あっはっは!面白いことを言うもんだね。
そんなのそこらの商店で買っておいでよ。1ゴールドさ」
れ「えぇ。商店を覗いたのですが、売れ切れてしまっているんだそうです。王都の人が買い占めたんですって」
宿「あぁそうか、なるほどね。そういうことがあるんだよたまに。
ふうん。こんな家庭の味で良いのかい?皿はボロいし、うちのテンペは別に美味しくもないよ」
奥「なんか言ったかい!」奥のかまど場から声がする。
宿「いや何でもないよ!」
れ「うふふ。熱々が、とても美味しそうです!」
奥「食べていきな!」かまど場から奥さんが、れいに声を掛けてくれた。
れ「ありがとうございます!」
奥さんはテンペどころか、他にも揚げ物を4、5品添えてれいに振る舞った。白いコメもだ。
れ「わー!どうもありがとうございます!」れいは改めて礼を述べた。
奥「女一人なのかい?」宿屋の奥さんは珍しそうにれいを眺めた。
れ「えぇ、そうなんです。隣のサランから来ました」
宿「どこまで行くんだい?」
れ「わかりません。広い世界を冒険したいんです」
奥「へー!そりゃ感心だ。
どっか知らない国に行ったらさ、テンペ村のテンペを宣伝しといておくれよ。はっはっは!」
れ「えぇ、きっと!」
食事を食べ終えるとれいは、思い出したように早口に言った。
れ「えぇと、お夕食のお代は?」
奥「要らないよ!あんたのたくましい笑顔でお腹いっぱいさ!」
れ「えぇ、いいのですか!?」
れいの記念すべき旅の一日目は、とても順調に過ぎていった。
いいや、午前中は死ぬかと思うような惨事だったが、夜眠る頃にはれいの心には幸せな感触しかないのだった。
旅の一日は、とても長い。
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