エピソード155
翌朝起きると、船はもう遥か沖に出ていた。どちらの方角をどこまで見渡しても海である。海はすさまじく広いのだなと、れいは改めて驚いた。10日間も次の海岸が見えないなんて、にわかに信じ難い。
そして思っていた以上に退屈な船旅になってしまったので、本を買ってきたのは正解だった。旅をしながら冒険記を読むのは、とても面白いものだった。感情移入がしやすいし、自分の旅の参考にもなる。シュナと私ではどちらが勇気があるだろう?と比べてみたりもする。勇敢な人でも私と同じ失敗をするのだな、と知って安心する。
あるとき、初日の晩にれいを医務室へと繋げてくれた、中間管理職とおぼしき男を見つけた。
れ「あの時はどうもありがとうございました。
お陰で快適な船旅をさせてもらうことができます。情けを掛けていただいて、とてもお優しいのですね」
ホ「身の安全を確保できてよかった。
優しいというか、不器用なんだよ。朴訥な男は、女をどう扱ってよいものかわからないんだ。だから過保護にしてやる以外にどうすればいいか、わからないもんでな。
私はホッジンズという。船で何かあったらその名を呼ぶといい」
女をどう扱ってよいかわからない。男性は男性なりに、複雑な心情を抱えることがあるものなのだな。
本があってもなお退屈な船旅は、6日目を迎えた。
しかし、その静かすぎる凪をすべて相殺するかのような、大事件が勃発した!
ドドーーーーーーン!
急に大きな爆音が、れいや乗組員たちの耳をつんざいた。船が大きく揺れている。
れ「なに!?」本を読んでいたれいは仰天した。
男「海賊だーーーーー!!」誰かが叫んだ!
なんと、海賊の船がこの貨物船を襲ってきたのだ!
乗組員たちはドタバタと駆けまわり始める。
わーわー!騒いでいるが狂乱してはいない。海賊に襲われることに免疫があるようだ。
甲板の方で叫び声が聞こえる!
襲撃してきた海賊とこの船の乗組員が戦い始めたようだ!
れいは船の後ろ側にいるので危険が差し迫ってはいない。しかし来賓室を飛び出し、周りの様子を伺う。
医務長も部屋を出てくる。
医「海賊か。手当の準備をせねばな」
れいは後方の船縁から外を見やる。数十メートル先に大きな海賊船が近付いてきている。この至近距離では、それを見るだけでもう怖い!大砲がこちらを向いて、筒を突き出している!さっきの爆発音はこの大砲から放たれた爆弾だろう。
れ「医務長さん、海賊の目的とは何なんですか?」
医「積み荷を奪うことだよ。お金もな。
しかし、そのためには乗組員を殺していく。隠れ続ければ生き延びるやもしれんが・・・。君は来賓室に隠れていなさい」
れ「いいえ!
私は戦いを重ねてきた冒険者です!」
医「それは聞いたが、戦ったら面倒なことになるぞ!」
れいは制止の言葉を無視して質問を続ける。
れ「海賊船の、弱点はどこですか!」
医「ううむ!
前方の船長室。最後尾の推進機。そして砲台だろう」
れいは部屋着のまま、《いかずちの杖》を取り出した。
杖を天高く構えると、大きく魔力を溜める・・・。
れ「《メラミ》!!」れいは海賊船の砲台をめがけて《メラミ》を放った!
ボボーン!
れ「《ベギラマ》!」れいは《いかずちの杖》の振りかざした!
れ「《メラミ》!《メラミ》!《ベギラマ》!!」れいは砲台をめがけて、攻撃魔法を畳みかけた!
ボボーン!
バリバリバリバリっ!
そして・・・
ドカ――――――ン!!!
砲台を物理的に破壊しただけではなかった。大砲の爆弾に炎が引火し連動し、海賊船は自らの爆弾で自滅し大炎上した!!
れいは非常に迷ったが、やはり居ても立っても居られない。部屋着のまま甲板へと駆けだしていった。
海賊と乗組員たちが戦っている。海賊の様子を観察する。
れ「勝てる!」
れいは、彼らの剣技を見て、自分のほうが若干上手だと分析した。
意を決して、剣を取り出し向かっていった!
れ「てぇーーーい!」
一人、二人、また一人!れいは瞬く間に海賊たちを斬りつけていく。大打撃を与えればあとは取っ組み合っている乗組員たちがとどめを刺す。
れいは一通り海賊たちを成敗すると、騒がれる前にまた来賓室へと戻っていった。
乗「何だったんだ今のは・・・?」
目の前の敵に夢中な乗組員たちは、一体どういう理屈で海賊船が爆破したのかわからない。ゆうれいのごとく白い布が甲板を駆けずり回って海賊たちを蹴散らしていったのは幻なのか何なのか、よくわからない。
しかし、自分たちが一命をとりとめたことはわかった。大切な積み荷がすべて守られたことは、わかった。
そして皆で大いに安堵した。
医務長は船長にだけ、「来賓室にいたのは実は、親戚ではなく冒険者であった」と話した。その娘が海賊を駆逐してくれた、と。船長は驚きはすれども、赤の他人にすぎないれいを咎める気にはなりようもなかった。
そして船長の口から皆に、「人見知りな戦士が来賓室に乗っていた」と簡潔に説明がいった。皆は礼を言いたがったが、船長がそれを食い止めた。
船で支給されるれいの三度の食事は、それから少し豪勢になった。
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