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エピソード19 『トランク1つで生きていく』

翌日私は、とりあえずもう1泊の延長を申し出た。

まぁ1,000円ならそんなに痛くはない。

これからの身の振りは、あせらずじっくり決めればいい。


私はふと、フロントに置いてあったガイドブックを手にとった。

「なんならそれ、借りてってもいいよ」と、

TOKIOの山口くんみたいなお兄さんは言った。

私はお言葉に甘えてそれを手に取り、

そして山口くんに、「オススメの観光地はどこですか?」と尋ねた。

「昨日来たばっかりなんだよね?

 国際通り行った?沖縄来たらまずは、国際通りっしょ!」

彼が即答で断言するので、私はそれに乗ってみることにした。

けれど、残念なことに、

国際通りとやらはまったく、私のお気には召さなかった。

そこは全くの都会で、まさに私がゲンメツした沖縄そのもので。

ひととおり歩いてはみたし、紅いもチップスもつまんではみたけれど、

私にとってはもう、これで充分。お土産を買う必要性が出てきても、

きっとここには頼らないでしょう。



夕方、私はまた、リビングに出てライター仕事を始めた。

昨日と同じように、出入りする人々を人間観察しながら。

そして、この宿の異様なほどの青さや「めんそーれ!」のやかましさも含めて、

「やはりここは、私の居場所ではないな」と感じるのでした。

1ヶ月も半年も居続けたいとは、思えない。


やがて、昨日と同じように、タカユキさんがやってきた。

今度は私も、「こんにちは」と声に出して会釈をした。

「あれ?観光はしないの?」と、彼は私に尋ねる。

「それが、

 『まりりん』の人に国際通りっていうのオススメされたんで行ってみたら、

 ぜんぜん期待外れで、ちょっとショゲてたところなんです。」

「あははは!

 人にアドバイスを求めるなら、相手をよく選ばなくちゃいけないよ。

 自分とぜんぜん違う感性の人に尋ねたって、

 ぜんぜん趣味に合わないものをオススメされちゃうだけさ。」

そのとおりだと思った。

それぞれが善意で答えてくれるだろうが、良いと感じるものがそもそも、

十人十色なんだ。そして、役に立たない答えがある。


「あの…」

今日は私のほうから、思いきって言ってみた。

「良かったらまた、夕食作りましょうか?」

言ってからハっとした。お金巻き上げてると思われないかな!?

「あ、300円とかいいです。昨日の食材もまだあまってるし。」慌てて付けたした。

「あはは、いいの?

 じゃぁまた、お言葉に甘えちゃおうかな!」

昨日よりずいぶん早いが、私はまた、スーパーに買出しに出た。

…なんだろう?このウキウキした気分は。


また、ささやかな食事を囲んで談笑をした。

私は要らないと言ったのに、タカユキさんは300円を私に差し出した。

そのコインを見つめながら、私は言った。

「自分から申し出て助け合うような関係性って、気持ちいいですね。」

「そうだね。

 恋愛ってもともとは、そういうものだったらしいね。

 そういうことの喜びを体験するために、神は2つの性を作ったらしいよ。」

「そうなんですか?

 『もともとは』って、今は違うんですか?」

「『結婚』とか『扶養義務』とかを考えはじめるようになったら、

 それはもう、『申し出て助け合う』のとは違うよね。

 文字通り、『義務』で相手に助けを『強要』してる関係だから。

 だから人は、結婚するととたんに、苦しくなってきちゃうんだね。

 だから僕、結婚したいとは思わないね。

 人助けるのは好きだけどね。強要されたくはないんだ。」

「結婚かぁ。」

「結婚願望ある?ハナちゃんは。」

「私、あんまり考えたことありませんでした。」

「あんまり興味がないんだろうね。それでいいと思うし、

 結婚するにしても、よっぽど慎重に決めたほうがいいと思うよ。」

「はい。イケメンでも、生活費入れてくれない男かもしれないですからね。」

「いやいや、そうじゃないんだってば。

 まったく逆なんだと思うよ。

 『助けてくれるか』はあんまり重要じゃないんだよ。

 『トキメいていられるか』が重要なんだ。

 『助けてもらう』っていう欲求なら、別に恋愛の相手に求めなくてもいいんだよね。

 隣のおばあちゃんに料理作ってもらったっていいわけだし、

 国に養ってもらったっていいわけだし。

 必然的に、 助け合えるような精神性のある人に、惹かれるとは思うけど、

 かといって、それは副産物に過ぎないんだと思うよ。恋愛においては、ね。」

「じゃぁ何が主産物なんですか?」

「だから、トキメくことだよ。

 ドキドキしたりワクワクしたりすること。

 それを提供してくれるんだったら、ある意味では顔がいいだけのダメ男でも、

 いいんだろうと思うね。

 ただし、そういう男に対するトキメキは、長くは続かないだろうけど。

 トキメかなくなったら、ほかの男に変えればいいのよ。

 顔がいいだけの男は、すぐ飽きられるし、若いうちしかモテない。女性も同じだよね。」

「京都に飽きたら、沖縄に行けばいい。そういうこと?」

「そう!そういうことだよ。」



『トランク1つで生きていく』

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