翌日私は、とりあえずもう1泊の延長を申し出た。
まぁ1,000円ならそんなに痛くはない。
これからの身の振りは、あせらずじっくり決めればいい。
私はふと、フロントに置いてあったガイドブックを手にとった。
「なんならそれ、借りてってもいいよ」と、
TOKIOの山口くんみたいなお兄さんは言った。
私はお言葉に甘えてそれを手に取り、
そして山口くんに、「オススメの観光地はどこですか?」と尋ねた。
「昨日来たばっかりなんだよね?
国際通り行った?沖縄来たらまずは、国際通りっしょ!」
彼が即答で断言するので、私はそれに乗ってみることにした。
けれど、残念なことに、
国際通りとやらはまったく、私のお気には召さなかった。
そこは全くの都会で、まさに私がゲンメツした沖縄そのもので。
ひととおり歩いてはみたし、紅いもチップスもつまんではみたけれど、
私にとってはもう、これで充分。お土産を買う必要性が出てきても、
きっとここには頼らないでしょう。
夕方、私はまた、リビングに出てライター仕事を始めた。
昨日と同じように、出入りする人々を人間観察しながら。
そして、この宿の異様なほどの青さや「めんそーれ!」のやかましさも含めて、
「やはりここは、私の居場所ではないな」と感じるのでした。
1ヶ月も半年も居続けたいとは、思えない。
やがて、昨日と同じように、タカユキさんがやってきた。
今度は私も、「こんにちは」と声に出して会釈をした。
「あれ?観光はしないの?」と、彼は私に尋ねる。
「それが、
『まりりん』の人に国際通りっていうのオススメされたんで行ってみたら、
ぜんぜん期待外れで、ちょっとショゲてたところなんです。」
「あははは!
人にアドバイスを求めるなら、相手をよく選ばなくちゃいけないよ。
自分とぜんぜん違う感性の人に尋ねたって、
ぜんぜん趣味に合わないものをオススメされちゃうだけさ。」
そのとおりだと思った。
それぞれが善意で答えてくれるだろうが、良いと感じるものがそもそも、
十人十色なんだ。そして、役に立たない答えがある。
「あの…」
今日は私のほうから、思いきって言ってみた。
「良かったらまた、夕食作りましょうか?」
言ってからハっとした。お金巻き上げてると思われないかな!?
「あ、300円とかいいです。昨日の食材もまだあまってるし。」慌てて付けたした。
「あはは、いいの?
じゃぁまた、お言葉に甘えちゃおうかな!」
昨日よりずいぶん早いが、私はまた、スーパーに買出しに出た。
…なんだろう?このウキウキした気分は。
また、ささやかな食事を囲んで談笑をした。
私は要らないと言ったのに、タカユキさんは300円を私に差し出した。
そのコインを見つめながら、私は言った。
「自分から申し出て助け合うような関係性って、気持ちいいですね。」
「そうだね。
恋愛ってもともとは、そういうものだったらしいね。
そういうことの喜びを体験するために、神は2つの性を作ったらしいよ。」
「そうなんですか?
『もともとは』って、今は違うんですか?」
「『結婚』とか『扶養義務』とかを考えはじめるようになったら、
それはもう、『申し出て助け合う』のとは違うよね。
文字通り、『義務』で相手に助けを『強要』してる関係だから。
だから人は、結婚するととたんに、苦しくなってきちゃうんだね。
だから僕、結婚したいとは思わないね。
人助けるのは好きだけどね。強要されたくはないんだ。」
「結婚かぁ。」
「結婚願望ある?ハナちゃんは。」
「私、あんまり考えたことありませんでした。」
「あんまり興味がないんだろうね。それでいいと思うし、
結婚するにしても、よっぽど慎重に決めたほうがいいと思うよ。」
「はい。イケメンでも、生活費入れてくれない男かもしれないですからね。」
「いやいや、そうじゃないんだってば。
まったく逆なんだと思うよ。
『助けてくれるか』はあんまり重要じゃないんだよ。
『トキメいていられるか』が重要なんだ。
『助けてもらう』っていう欲求なら、別に恋愛の相手に求めなくてもいいんだよね。
隣のおばあちゃんに料理作ってもらったっていいわけだし、
国に養ってもらったっていいわけだし。
必然的に、 助け合えるような精神性のある人に、惹かれるとは思うけど、
かといって、それは副産物に過ぎないんだと思うよ。恋愛においては、ね。」
「じゃぁ何が主産物なんですか?」
「だから、トキメくことだよ。
ドキドキしたりワクワクしたりすること。
それを提供してくれるんだったら、ある意味では顔がいいだけのダメ男でも、
いいんだろうと思うね。
ただし、そういう男に対するトキメキは、長くは続かないだろうけど。
トキメかなくなったら、ほかの男に変えればいいのよ。
顔がいいだけの男は、すぐ飽きられるし、若いうちしかモテない。女性も同じだよね。」
「京都に飽きたら、沖縄に行けばいい。そういうこと?」
「そう!そういうことだよ。」
『トランク1つで生きていく』