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エピソード1 『トランク1つで生きていく』

プロローグ 


ドォーーーーーーーーーーーーーーン!!


あのときのすさまじい衝撃は、今でも鮮明に思い出せる。

けれど思い出さない。描写したりはしない。

「震災の恐怖を語り継ごう」なんてニュースは真面目な顔で言うけれど、

私はまったく賛同できない。無意味に思い出したくはない。

記憶や映像を振り返ることよりも、

とにかく前向きに、どうやって震災に屈しない生き方をするか、

そればかり考えれば良いんじゃないかと思う。私は、ね。



エピソード1


そう。私は、あの甚大な規模を誇った熊本大地震の、被災者です。

被災者ですというか、あまり被災者の自覚はないのだけれど、

地震があったとき私は、熊本県に住んでいたのです。


あのとき私は、録画しておいた旅番組を見ていて。

私の大好きな女優さんが、自らハンディカメラを回しながら歩き、

イタリアの美しい町並みを紹介していました。

このロケが楽しみだった彼女は、ほかの仕事を2つも蹴ってきたそうで。

ちょっと申し訳ないことをしながらも、開放された自由を満喫するかのように、

饒舌に町のたたずまいをリポートしていて。


「私の荷物、これだけなんです。」

彼女がカメラに掲げて見せるのは、古いながらも上質な、ラクダ色のトランク。

旅の荷物をすべてこれに詰め込んで、彼女は飛んできたらしい。

「このまま、この旅レポもほっぽり出して、ヨーロッパ暮らししよっかなー♪」

浮かれ声に漏らすそのつぶやきは、あながち彼女の本心だったんじゃなかろうか…


その直後に震災があり、

家族はニュースを見るべく、私の録画を無理やり消した。



私たちはテレビの地震速報を横目に、

ダイニングキッチンで派手に倒壊した食器棚の、片付けをしていた。

食器という食器が飛び出し、飛び散り、粉々となった。

うちにこんなに食器あったっけ?お宝鑑定でもするように、珍しげに光に透かす。

お祖母ちゃんの形見だの、お隣からのお土産だの、高級食器がたくさん。

高級食器ほど、無残に割れている気がしてならない。

姪っ子来訪用に用意してある100円ショップのプラスチック茶碗は、

もちろん無傷だ。描かれたパンダちゃんが、勝ち誇ったように笑っている。

「はぁあ。」私はため息をつく。

……?

そうか。パンダちゃんとか最低限の食器だけなら、こんなに大きな食器棚は不要だな。

大きな家も必要ない。大きなスーツケースだって必要ないじゃないか。



食器棚の片づけが終われば、その奥にあった貴重品入れにたどり着く。

お金と通帳、印鑑、その他もろもろを救出する。

スマートフォンの災害メールは、私たちに避難を促している。

「自宅は危ない。学校の体育館に集合せよ」、と。

それを家族に言伝てた張本人の私が、もたもたとキッチンに立ち尽くしている。

だって、ためらわれるんだもの。


今向かうべきは、避難所なのか…?



「お母さん!ちょっとみんな、先に体育館に行ってて?」

「行っててって、ハナは?」

「私、ちょっと友達の様子見にいかなきゃだから。

 大丈夫、すぐサワとかけつけるから!」

「あ、そう?」


私は自分の部屋に戻ると、救急用のダサいリュックを肩からおろし、

代わりに旅行用のトランクを引っ張りだしてきた。

智子ちゃんのほど高級品じゃないが、私のお気に入りの、ギンガムチェックのトランク。

そこに、丈長のワンピースとジーンズを1本、Tシャツを2枚。下着を2組。

ミントグリーンのパーカーは羽織って、薄手ダウンをぎゅっと丸めて押し込む。

バスタオルが1枚とハンドタオルが1枚。

基礎化粧品だけのコスメポーチを放り込む。

洗面所に行って歯ブラシとブラシ。ドライヤーは…あきらめ!

スマホの充電器は絶対忘れちゃダメ。

そして、お気に入りのオリンパス(のマイクロ一眼カメラ)。


あれ?必需品って、思いのほか少ないじゃない。

トランクにはまだ、空きスペースが残っているくらい。

カンパンと水でも詰めるか。

ほかに何かないか、部屋を見渡す。

部屋の真ん中に散らばっているのは、本棚から落ちてきた写真アルバムの束。

これだけでも、トランクに収まらないくらいの量がある。

今まで宝物だと思って、本棚の最上段に鎮座し続けていたけれど、

よくよく考えてみたら、まったく必要がない。

それどころか、もし私が自室でくつろいでいたなら、

この妙に重たいアルバムたちに、致命傷を負わされていたところだろう。

ほかには?

再びクローゼットを見渡す。

名残惜しい服はたくさんある。たくさんたくさん。

でもどうせ、1年後にはどれもほとんど着ないのだろう。必需品ではない。

マンガもDVDも思い入れはあれど、必要ない。読みたければ漫喫にでも行けば良いんだ。

立派なコンポがある。

でもここ4年くらいほとんど使っていない。音楽はスマホで聞けるから。


ひととおり考えあぐねた結果、救急リュックからトイレットペーパーを取り出し、

トランクの空いたスペースに、4ロールほど詰めた。


あぁ、いけないけない!

忘れるところだった。

クロッキーノートとマジックペン。大丈夫。かさばるものではない。



『トランク1つで生きていく』

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