top of page

エピソード23 『トランク1つで生きていく』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月9日
  • 読了時間: 5分

エピソード23


バスはやがて、東の海沿いに出ました。

ところどころ、オーシャンビューのカフェがあって、

あとは大体、緑に覆われています。民家すらそう多くない。

私の住んでいた熊本の町より田舎で、愛子さんと行った角島に似ていました。

角島を見て、「沖縄みたい」と愛子さんは言っていたけれど、

愛子さんのイメージしていた沖縄も、那覇ではなくこういう田舎だったのかな。


バスを降りると、内陸側に少し歩いていきました。

こっちには集落があり、小さなスーパーも見えます。田舎だけど便は悪くない。

民泊は、集落の入り口からほどないところにありました。

庭の広い、コンクリート造りの一軒家。

インターホンを押すと、すぐに女性が顔を出しました。

「ここは民泊ですか?麗子さんですか?」

「ハナちゃんかしら?ようこそおいでくださいました。」

麗子という名前のとおりに、顔も言葉も立ち振舞いも、それは麗しい女性です。

透き通るような人というのは、まさに彼女のようなことを言うのでしょう。

私は同じ女性なのに、ドキドキしてしまいました。


リビングもまた麗しく、私は呆気にとられました。

真っ白いヨーロピアンなテーブルやリビングボードは、まるでお姫様の家。

タカユキさんは、ゲストハウスみたいなものだと言っていたけれど、

これはペンションと言ったほうが近いんじゃないかしら。

2,000円で泊まれるペンション。こんなのが日本にあるなんて。


私がリビングの麗しさに目を奪われていると、

麗子さんが紅茶とケーキを運んできました。

安物の既製品ではなく、どうやら手作りの出来立てホヤホヤです。

「こ、こんなにおもてなししてもらっちゃって、いいんですか!?」

「ウフフ、いいのよ。

 私がやりたいのは、こういうことなの。

 お客さんをおもてなしして、お友達になって、家族になりたいの。

 さぁ、温かいうちに食べて?」


私はケーキを食べながら、

また、ここに来るまでの経緯を話して聞かせました。

要点をかいつまむのも、だんだん上手になってきたかな。

「その愛子さんっていう人、ステキね!」麗子さんは目を輝かせて言いました。

「え!なかばホームレスですよ!?麗子さんとは正反対のような!?」

「ホームレスじゃなくてタイニーハウスよ。小さなおうち。

 そして、自由を満喫するジャーニーライフ。憧れるわ。

 本当は私も、そういう生き方をしたかったんだと思う。

 でも私は、自分の本心に気づく前に、結婚と出産を選んじゃったから…」

「ただいまー!」

誰かが帰ってきた。子供の声だ。

リビングに現れたのは、麗子さんそっくりの大きな目をした、

男の子と女の子。女の子は本当に、麗子さんにそっくり。

そして男の子のほうは、

こんなにピュアな目をした男の子を、私はこれまでに、見たことがない!

「学校帰りですか?でもランドセル背負ってないな。」

「ウフフ。遠くのホームセンターまでおつかいを頼んだの。」

「子供二人だけで!?まだ10才くらいでしょう!?」

「私はハナちゃんのお出迎えをしなきゃならなかったからね。」

「あ、ごめんなさい!それで無茶させちゃったんですね…」

「いえいえ、いいのよ。子供は甘やかさないほうがいいの。

 これまで甘やかしすぎてしまったから、沖縄に来てからはたくましく育てるの。」

いろいろと話を聞きたいなと、私は思った。

きっとこの人、私みたいに大きな変化を経て、今に至っている。



子供たちは、あいさつを終えると計算ドリルをやりはじめた。

私にはまだ、麗子さんにゆっくり話を聞く時間がある。

何から聞こう?

「自分の本心に気づく前に出産と結婚を選んでしまった」というのは気になるけれど、

子供たちの聞いているところでする話では、なさそうだ。


「それにしても、

 どうして息子さん、こんなにピュアな目をしているんでしょう?」

彼は恥ずかしがって、計算ドリルを見つめている。

「ウフフ。ありがとう。

 リクは、あまり社会に接していないからだと思うわ。」

「社会に接していない?」

「そうなの。テレビをほとんど見せなかったの。

 仮面ライダーやイジメじみたお笑いを見せることが、子供に良いとは思えなくてね。

 だからこの子は、パンチも悪口も知らずに育ったわ。」

「でも、学校に行ったら周りの子の影響を受けませんか?」

「そうなの。その通りよ。

 幼稚園に行ったら、周りの男の子とウマが合わなくて、ケンカごっこもイヤで、

 不登校になっちゃったのね。

 私は、『行かなくてもいい』って言ったわ。だから小学校もほとんど行ってないの。

 保育も教育も、私が家でやれる環境にはあったから。専業主婦だったからね。」

「ステキですね。このまま純粋なまま、大人になってほしいな。

 理想的な子育てですね。」

「そうとも言えないのよ。

 それに気づいたとき、私の人生は大きく変わったの。」

「え!?」

「ずっと子供でいられるなら、純粋無垢でもいいの。親が守ってあげられるから。

 でも子供っていうのは、いつかは親から巣立っていかなきゃいけないのよ。

 そのときに、純粋すぎると困るでしょう。繊細すぎるとダメなのよ。

 リクはきっと、社会の小さな意地悪に耐えられないし、

 小さな不正にも耐えられないわ。だまされるでしょうし。

 だから、純粋培養しすぎると、きっと家から出られなくなる。

 かといって、ずっと私が無菌室に隔離し続けるわけにもいかない…

 この子はこの子の人生を生きなきゃいけないし、

 どうにかして社会と関わり、生計を立てていかなきゃいけない。

 どんなふうに社会と折り合いをつけさせていくかは、これからの課題。」

「そっか…。そこまで考えたことなかったです。」

「民泊も、そのひとつの手段だと思っているの。

 家にいながら生計を立てられれば、

 社会との関わりは最低限で済むでしょう?

 ネクタイ締めて接待とか根回しとか、そういうこともしなくて済むかなって。」

純粋なら良いってわけでもないのか。考えもしなかった。


私はここが気に入った。

麗子さんが気に入ったし、このかわいらしい家が気に入った。

静かな百名の集落が気に入った。海も見えるし。



『トランク1つで生きていく』

bottom of page