エピソード36 『名もなき町で』
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- 2023年3月15日
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エピソード36
または、
昼下がり頃に「ひこうき」のママから呼び出しが入ったりする。
僕はミユキさんに自転車を借りて、店に顔を出す。
海岸通り沿いには、いくつか同じような喫茶店が並んでるんだけど、
「ひこうき」はタブン、別格なんだ。町民から格段に愛されてる。
マスターが地方自治に興味を持ってるから、
政治家や教育関連の人たちも、よく店に来て打ち合わせとかしてるらしい。
だから、ママもマスターもすごく顔が広い。
そして、ママやマスターもまた、
「自給自足のエコビレッジ」というような概念に、少なからず興味を持ってる。
すると、同じような価値観の知り合いも多い。
そうしたお客が店に来ると、僕を呼び出すんだよ。
そして彼らとの交流を橋渡ししてくれる。
言うまでもなく、そういうヒトたちとの会話は面白い!
ママは、お金も取らずに僕に食事やコーヒーを差し出すけど、
僕はどうしても、それを申し訳なく感じてしまう。
だから、せめてものお礼に庭の草刈りを手伝ったりする。
向こうの善意が大きければ大きいほど、
それに甘え過ぎちゃいけないんだ。きちんと恩返ししとかなきゃ。
時々ママは、僕を違う町まで連れていってくれる。
過疎った商店街を利用して、若者たちがアートギャラリーを開催していたりする。
ほかにも、
山あいのほうで、若者たちがキャンドル工房を作ってたりする。
祖父さんから譲り受けた大きなボロ家を、大胆に改築して、
秘密基地みたいなイキな自宅工房を作り上げている。
アートキャンドルの作り方、少しだけ教えてもらったよ。
近くの川に遊びいって、素っ裸で素潜りしたりも、したよ。
この時にも思ったけど、
自由な人は、裸を恐れない傾向があるね。
ママが呼び出さなければ、シンジと出かけることもある。
シンジっていうのは、ミユキさんの末っ子さ。
一緒に自転車で走っていって、
図書館に行ったり学区の川で泳いだりする。
シンジはあんまり人見知りではなく、
15歳も離れた僕のことを、同年代の友人のごとく接してくれる。
子供たちは、
家族じゃない人間がジブンの家に転がり込んできても、
あんまり気にしていないらしい。
お母さんがそういう習性であることを、もう受け入れているんだろう。
ジブンの掛け布団が1枚減っても、てんでモンクを言わない。
6枚切りの食パンが空っぽになってても、てんでモンクを言わない。
お母さんがモンクを言わないなら、子供もモンクを言わないんだ。
こういう感性は、親が子供に対して、
何回も何年も、狭苦しい共同生活の場を与えてやる以外に、培うすべはない。
ミユキさんは、そういうのを体感的に悟っているらしいよ。
『名もなき町で』