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エピソード4 『トランク1つで生きていく』

  • 執筆者の写真: ・
  • 2023年3月9日
  • 読了時間: 4分

けっこうワイルドなスピードで飛ばしていたのに、

愛子さんはなぜか、急に減速をはじめる。

「あらー。ダメね。迂回だわ。」

身を乗り出すように、前方を眺めている。

「何ですか?」私には見えない。

「亀裂よ。けっこう派手ね。コリャ通れないわ。」

私も身を乗り出す。本当だ。尻尾が見えないほどの大きな亀裂が、

アスファルトの道を大きく引き裂いている。

顔面蒼白の家族から離れ、ラジオも消してしまい、

ポジティブというか何というか、変わり者の愛子さんと夜道を走っていると、

あまり大惨事の直後という実感が無かったのだけれど、

派手な亀裂を目にして、あの地震が夢じゃなかったことを思い出した。

こんな派手な亀裂を生で見たのは初めてだ。まるで少年マンガの格闘シーンみたい。

けれど相変わらず、愛子さんはケロっとしている。

再びラジオを点けはじめ、ラジオは絶え間なく悲壮に報じているけれど、

愛子さんは、まるで他人事みたいだ。

「大丈夫よ。迂回する道はまだあるわ。高速は走れないでしょうけどね。」


再び走り始めたのも束の間、

急に車が、うねうねと大きく揺れた!

「うわぁ!」私は揺れにあおられ、シートベルトに締め付けられる。

「パンク!?」パンクのそれに近いと感じた。

「パンクじゃないわよ?

 また揺れたのよ、きっと。ちょっと静かにしてて?」

愛子さんはカーテステレオを眺めながら、私を制する。

案の定ラジオは、再び大きな揺れがあったことを、動揺しながら伝えた。

「すごいわね!震度7の次は震度6ですって!?

 これ、東京だったらゴジラが踏みつけたみたいになってんじゃない?」

その通りだと思った。このあたりは田舎だから、倒壊するものが少ない。

「…あぁ、あなた、ゴジラって知ってる?

 昔そういう映画あったのよ。でっかい怪獣のこと。」

「はい。少しは。見たことないけど。」

「そうよねー。私が子供のころだもん。」

この非常事態にゴジラの話なんてしている人は、愛子さん以外にいるんだろうか?


この人はいったい、共感能力とか悲しみとかが欠如しているのか?

ちょっと精神がおかしい人なのかなと、私は思った。

もう少し話をしてみよう。彼女の人となりがわかるはずだ。

私は話題を探した。

「愛子さん?

 どうして、車生活なんてしようと思ったんですか?」

夜逃げとかそういうのだろうか?借金取りに追われてるとか。

けれど、返ってきた返事はとても意外だった。

「ペイフォワードって映画、知らない?

 あれもけっこう昔だから、ハナちゃん知らないかなぁ。

 可愛い子役の子が出てんのよ。いい話でさ。」

「知ってますそれ。学校の授業で見ました。」あの子役は、私も好きだ。

「あの映画の主人公のお祖母ちゃん。車で暮らしてんのよ。ホームレスでさ。

 私は違うわよ?飲んだくれないし、子供捨てたりもしてないわ。」

「違うんですか?」私は思わず、とても失礼なことを言ってしまった!

あわてて口を押さえたけど、もう遅い。

「あははは!違うわよ。

 『社会ってめんどくさいな』って思ったの。いろいろ背負いたくないのよ。

 親戚付き合いとかね、好きじゃないし。

 背負いたくないから、子供も産んでないわ。だから捨てることもない。

 まぁ、子供産まないってのも、義務の放棄なのかもしれないけど。」

「そうなんですか?」

「アタシはそうは思わないわよ。でも、そう考える人も多いでしょう。

 『女は子供産んで一人前』『男は家族養って一人前』ってね。

 アタシはそうは思わないわよ?それぞれ生き方があるわ。」

「私もです。」

実は、智子ちゃん…私の大好きなあの女優さんも、子供を産んでいない。

「子供を持ちたくない」と、潔いくらいサッパリと公言している。

なんだ。愛子さん、あの人にちょっと似てるのかな?

うーん。それはどうかな。あの人はもっと麗しい。

でもなんだか、愛子さんに親近感が沸いてきた。

そして、精神異常とか共感不全ではないのだと思った。哲学があるし。

「ペイフォワード」って、すごい優しさに満ちたストーリーだもの。


ラジオに耳を澄ませながら、愛子さんは言う。

「良かったわね。アタシたち。

 車で逃亡してなかったら、もっと大きな被害に遭ってたわよ?きっと。」

そうだ。「遠くに離れたほうが良いんじゃないか」という私の判断は、

たぶん功を奏した。私はおよそ何も、被害に遭っていない。

でも…

「お母さんたち、大丈夫かな。」私は家族が心配になってきた。

 避難所が家より快適だとは、私には思えない。

「しょうがないのよ。価値観の違いだわ。」

「え?」

「避難所とか住んでる町に残ってる人たちのほうが、

 アタシたちより大変な思いしてると思うわ。

 アタシには理解できないけど、でも『愚かね』とか言えないわよね。

 住んでる町にこだわりたい人は、こだわりたいのよ。

 避難所で安心する人は、避難所で安心するの。…あれ?なんか日本語ヘン?」

「いや、わかります。」

私は、ヒッチハイクする私を止めようとしたあの男性を、思い出していた。

彼は彼の正義と信念に基づいて、善意から、私を避難所に連れていこうとしたのだ。

でも、私にとってそれは、幸福ではないと感じる。から、抜け出してきた。

でも彼らはきっと、避難所で安心している。不安ながらも、安心している。

そして、「あのパーカーの子、大丈夫かな」なんて、心配しているんだろう。



『トランク1つで生きていく』

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