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エピソード4 『トランク1つで生きていく』

けっこうワイルドなスピードで飛ばしていたのに、

愛子さんはなぜか、急に減速をはじめる。

「あらー。ダメね。迂回だわ。」

身を乗り出すように、前方を眺めている。

「何ですか?」私には見えない。

「亀裂よ。けっこう派手ね。コリャ通れないわ。」

私も身を乗り出す。本当だ。尻尾が見えないほどの大きな亀裂が、

アスファルトの道を大きく引き裂いている。

顔面蒼白の家族から離れ、ラジオも消してしまい、

ポジティブというか何というか、変わり者の愛子さんと夜道を走っていると、

あまり大惨事の直後という実感が無かったのだけれど、

派手な亀裂を目にして、あの地震が夢じゃなかったことを思い出した。

こんな派手な亀裂を生で見たのは初めてだ。まるで少年マンガの格闘シーンみたい。

けれど相変わらず、愛子さんはケロっとしている。

再びラジオを点けはじめ、ラジオは絶え間なく悲壮に報じているけれど、

愛子さんは、まるで他人事みたいだ。

「大丈夫よ。迂回する道はまだあるわ。高速は走れないでしょうけどね。」


再び走り始めたのも束の間、

急に車が、うねうねと大きく揺れた!

「うわぁ!」私は揺れにあおられ、シートベルトに締め付けられる。

「パンク!?」パンクのそれに近いと感じた。

「パンクじゃないわよ?

 また揺れたのよ、きっと。ちょっと静かにしてて?」

愛子さんはカーテステレオを眺めながら、私を制する。

案の定ラジオは、再び大きな揺れがあったことを、動揺しながら伝えた。

「すごいわね!震度7の次は震度6ですって!?

 これ、東京だったらゴジラが踏みつけたみたいになってんじゃない?」

その通りだと思った。このあたりは田舎だから、倒壊するものが少ない。

「…あぁ、あなた、ゴジラって知ってる?

 昔そういう映画あったのよ。でっかい怪獣のこと。」

「はい。少しは。見たことないけど。」

「そうよねー。私が子供のころだもん。」

この非常事態にゴジラの話なんてしている人は、愛子さん以外にいるんだろうか?


この人はいったい、共感能力とか悲しみとかが欠如しているのか?

ちょっと精神がおかしい人なのかなと、私は思った。

もう少し話をしてみよう。彼女の人となりがわかるはずだ。

私は話題を探した。

「愛子さん?

 どうして、車生活なんてしようと思ったんですか?」

夜逃げとかそういうのだろうか?借金取りに追われてるとか。

けれど、返ってきた返事はとても意外だった。

「ペイフォワードって映画、知らない?

 あれもけっこう昔だから、ハナちゃん知らないかなぁ。

 可愛い子役の子が出てんのよ。いい話でさ。」

「知ってますそれ。学校の授業で見ました。」あの子役は、私も好きだ。

「あの映画の主人公のお祖母ちゃん。車で暮らしてんのよ。ホームレスでさ。

 私は違うわよ?飲んだくれないし、子供捨てたりもしてないわ。」

「違うんですか?」私は思わず、とても失礼なことを言ってしまった!

あわてて口を押さえたけど、もう遅い。

「あははは!違うわよ。

 『社会ってめんどくさいな』って思ったの。いろいろ背負いたくないのよ。

 親戚付き合いとかね、好きじゃないし。

 背負いたくないから、子供も産んでないわ。だから捨てることもない。

 まぁ、子供産まないってのも、義務の放棄なのかもしれないけど。」

「そうなんですか?」

「アタシはそうは思わないわよ。でも、そう考える人も多いでしょう。

 『女は子供産んで一人前』『男は家族養って一人前』ってね。

 アタシはそうは思わないわよ?それぞれ生き方があるわ。」

「私もです。」

実は、智子ちゃん…私の大好きなあの女優さんも、子供を産んでいない。

「子供を持ちたくない」と、潔いくらいサッパリと公言している。

なんだ。愛子さん、あの人にちょっと似てるのかな?

うーん。それはどうかな。あの人はもっと麗しい。

でもなんだか、愛子さんに親近感が沸いてきた。

そして、精神異常とか共感不全ではないのだと思った。哲学があるし。

「ペイフォワード」って、すごい優しさに満ちたストーリーだもの。


ラジオに耳を澄ませながら、愛子さんは言う。

「良かったわね。アタシたち。

 車で逃亡してなかったら、もっと大きな被害に遭ってたわよ?きっと。」

そうだ。「遠くに離れたほうが良いんじゃないか」という私の判断は、

たぶん功を奏した。私はおよそ何も、被害に遭っていない。

でも…

「お母さんたち、大丈夫かな。」私は家族が心配になってきた。

 避難所が家より快適だとは、私には思えない。

「しょうがないのよ。価値観の違いだわ。」

「え?」

「避難所とか住んでる町に残ってる人たちのほうが、

 アタシたちより大変な思いしてると思うわ。

 アタシには理解できないけど、でも『愚かね』とか言えないわよね。

 住んでる町にこだわりたい人は、こだわりたいのよ。

 避難所で安心する人は、避難所で安心するの。…あれ?なんか日本語ヘン?」

「いや、わかります。」

私は、ヒッチハイクする私を止めようとしたあの男性を、思い出していた。

彼は彼の正義と信念に基づいて、善意から、私を避難所に連れていこうとしたのだ。

でも、私にとってそれは、幸福ではないと感じる。から、抜け出してきた。

でも彼らはきっと、避難所で安心している。不安ながらも、安心している。

そして、「あのパーカーの子、大丈夫かな」なんて、心配しているんだろう。



『トランク1つで生きていく』

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