エピソード6 『トランク1つで生きていく』
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- 2023年3月8日
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フレンチトーストは美味しかった。PAのテキトウな食事よりも、きっと美味しい。
愛子さんは手早く食事を済ますと、タオルを持ってお手洗いに行った。
タオルを濡らして、体を拭くらしい。シャワーの代わりだ。
彼女と入れ替わりで、私もそれをやってみた。思いのほかスッキリする。
そうか。「水のあるところに寝れば大丈夫」の意味が、なんとなく理解できた。
シャワーがなくても、水拭きできればけっこうスッキリするんだ。
「ところであなた、家族には連絡したの?」
「あ、ヤバっ!」すっかり忘れていた。
私は薄情なんだろうか?家族が嫌いではないけれど。
うーん。何て連絡を入れようか?
そうだ。状況説明が難しくて、連絡をためらっていたんだった。
私がスマホを眺めながら固まっていると、愛子さんは察したらしかった。
「『友達に車で避難させてもらった』って言えばいいのよ。カンタンじゃない?」
電話だと面倒だなと感じて、メールでそう伝えた。
が、すぐに母から電話がかかってきた。
「どういうこと?どうなってるの?」心配している。当然だろうけれど。
「えっと、私は大丈夫なの。乗せてくれたひ…」
私がまごついていると、愛子さんが私のスマホを取り上げた。
「あ、どうもぉ。氷川といいます。昨夜ハナちゃんと知り合いましてね。
壇ノ浦まで避難できたので、こっちは大丈夫ですよ。」
プツっ。
愛子さんはどうも、問題をとてもシンプルに解決してしまう。
というか、私たちが普段、問題を複雑にとらえ過ぎているのだと気づいた。
「シンプルですね、愛子さん。」
「そうね。日本って回りくどいわよね。私それキライなの。
昔ちょっと、オーストラリアで暮らしてたことあってね。」
だからシンプルでハキハキしているのか。外国人ぽいのだ、愛子さんは。
「外国もいいわよぉ。このままどっか飛んじゃえば?あっはは。」
「いいですね、外国。」憧れるが、今の私にはちとハードルが高い。
私は、昨夜の智子ちゃんの番組のことを思い返した。
「ねぇ、ちょっと観光してかない?あなた待ち合わせとかあるんだっけ?」
「いえ、何もないですけど。観光、ですか?」
「そうよ。キレイな橋があるのよ。
角島大橋って、知らない?」
「行ってみたいです。」
「そうこなくっちゃ!」
愛子さんは再び、車を走らせた。
私は助手席で、ネットをはじめた。SNSの友人たちに、安否の報告をしなくては。
そして、「誰か山口近辺で、泊めてくれる人はいませんか?」と、
自分のタイムラインの中で募ってみた。
被災者に対して、人は優しい。
会ったことのない、SNSでしか交流したことのないメグミさんという人が、、
泊まっていいよと言ってくれた。彼女とは、「智子ちゃんつながり」だ。
「愛子さん、今日、泊まるところ見つかりました。」
「あら?しばらくアタシの車でも良かったのに?
やっぱ辛かった?車中泊。」
「いや、車中泊は思ったほど辛くなかったです。」
「でしょ?けっこうイケるのよ!準備さえしっかりしとけば。」
「でもいつまでもお世話になるのも悪いなって、おもって。」
「あっはは。気にしなくて良かったのに。
あ、ほら!前見て!見て!」
愛子さんが急に、珍しく慌てだした。
何事かと思って前を見ると、すごい景色!
「うわー!キレイ!!」
「でしょう?ここってなかなか絶景なのよ!
すんごいキレイよね!海の色が。沖縄の海みたいでしょ。」
角島大橋は、本当に絶景だった。南国のような色の海の上を、
まっすぐに橋が、道路が伸びている。まるで日本じゃないみたい。
私はハっと思い出し、慌ててトランクからオリンパスを取り出した。
橋を渡り切る前に、この絶景をファインダーに収めなければ。
「あっはは。慌てなくていいのよ?
角島入っても袋小路だから、どうせこの道引き返してくるし、
パックツアーじゃないんだから、いくらでも停まってあげるし、
何往復でもしたげるわよ。」
なんというぜいたく!!
角島もぐるっとドライブして周った。何もない、緑多き島だったけど、
のどかでいい。新緑の季節だから、なおのことキレイ。
「穴場ですね。ここ。」
「でしょ?アタシもそう思うわ。
交通の便が悪いから、東京や大阪から人は来ないけどね。
だからこそいいのよね。穴場感があって。人少ないのがいいわ。
田舎にはさ、こういう穴場がいっぱいあんのよ?」
「そうなんですか?」
「ここまでの絶景はそうたくさんはないけどさ?
いろいろあんのよ。新幹線や空港でも近くなきゃ、観光客は来ないけど。
テレビばっかり見てないで、実際に走ってみりゃいいのよ。」
「うん。」たしかにそうだ。
「新幹線も飛行機もお金かかるけど、ドライブならそうでもないでしょ?」
「そうなんですか?ガソリン高いって、お父さんしょっちゅうグチってるけど…」
「移動も兼ねてんなら、そんなにお金掛かってる感覚ないのよね。
アタシしょっちゅう移動してるから、しょっちゅう観光できるってワケ。
早く着くことなんて、考えないの。
なるべく景色のいい道選んで、走るわ。いつもいつもこんなカンジ。」
「なんか、楽しそうですね!?」
「楽しいわよー!自治会のしがらみより、ずっと楽しいわ。」
『トランク1つで生きていく』