エピソード7 『トランク1つで生きていく』
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- 2023年3月8日
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エピソード7
愛子さんといると、話が尽きない。
話せば話すほど、聞きたいことが出てくる。
「お仕事は?愛子さん、どうやってお金稼いでるんですか?」
「私、ウェブライターってやつ。後ろにノートパソコンあるでしょ?それでね。」
「文章書くんですか?」
「そういうこと。それならどこででも出来るでしょ?
家に縛られてなくていいし、会社に縛られてなくて済むわけ。」
「いいですね!」
「いいことばっかじゃないわよ?
フリーのライターなんて、お給料安いしね。アタシ、月に15万しか稼いでないもの。」
「15万かぁ…。」
「少ないでしょ?ハナちゃんのほうが稼いでるんじゃない?
でもアタシ、家賃の支払いもいらないし。固定資産税とかいらないし。
観光すんのに、ほとんどお金かかってないし。
悪くないでしょ?」
「悪くないです。」
「あっはは。良いもんでもないのよ。お風呂入れないしね。
結局、『何を優先するか』よ。
たいていの女は、『ウォーキンクローゼット付きの広い家』が最優先なのよ。
それを基準に仕事やオトコを選んでる。それが欲しいならそれでいいのよ。
アタシも昔はそうだったわ。」
「そうなんですか!?」とは言ったけど、そんな感じはする。
彼女のゴージャスなソバージュと顔立ちは、典型的なバブル世代という感じ。
「昔はね、化粧品業界で働いてたわ。ファッション全般、大好きだったしね。
横浜にいたころの話よ。月に50近く稼いでたし。
ひととおり豪遊したら、飽きちゃったわよ!あっはは。」
「それで、道をまったく変えたっていうわけなんですか?」
「まったく変えたってわけではないわ。
今やってるウェブライターも、スキンケアとコスメの記事書いてるのよ。
昔の経験が活かされてんのよ。
コスメと洋服、山ほどあったのは全部捨てちゃったけど、
知識と経験だけは残るわ。何も無くても、何かあるのよ。」
「身軽ですごいですね!」
「そんなことないのよ?アタシもともと、腰の重い人間だと、自分では思うわ。
だからこそ身軽に生きてるって感じ?」
「だからこそ?」
「そうよ。
養ってくれる男がいたり快適な家があったりで、くつろぎ過ぎてると、
そこから離れるのがすごく怖くなっちゃうのよ。おっくうにもなる。
でも、同じ快適ソファでも、それが自分のじゃなくて、旅先のホテルだったら?
「チェックアウトの日になれば、あきらめが付く?」
「そう。そのとおり。
オトコもそうよ?『自分の物だ!』『そばにいて当たり前だ!』って思ってると、
離れるのがすごく怖いの。嫉妬感じまくるし。
でも、それが、旅先のアバンチュールだったら?」
「チェックアウトの日になれば、あきらめが付く?」
「そう。その通りってわけ。」
「ソファとオトコって同類なんですね?」
「まぁ、旅先のウンヌンってのはたとえ話として。
ソファにせよオトコにせよ町にせよ、自分をのり付けしないことよ。」
「のり付け??」
「そう。接着しすぎなさんなってこと。
『流動してることが当たり前』って状態に、自分を保っておくの。体も心もね。
そうすると、変化が怖くないのよ。おっくうじゃないし。
おしりがソファやオトコにのり付けされてなければ、文字通り、腰も軽いのよ。
…『流動』ってコトバの使い方、合ってるかしら?あっはは。わかんない。」
頭の良い人なんだか悪い人なんだか、よくわからない。
「ところでアタシ、東に向かっちゃってるけどいいの?
あなたを泊めてくれるお友達、どこ住んでるんだっけ?」
「あ、岡山です。倉敷っていうところ。
今日中に、着きますかね?」
「倉敷ってたしか、岡山市のそばよね?奥まったとこじゃなければ着くと思うけど。
ちょっと地図調べてくれる?」
まぁ、今日着かないのなら明日からでも良いのだろうし。
何にも追われていない旅というのは、こんなにも気楽なのか。
っていうか、山口県まで乗せてもらうだけのつもりだったのに、
岡山まで乗せてもらっちゃって。やはり優しいのだ、この人は。
倉敷駅のロータリーで、愛子さんとはお別れした。
別れは惜しかったけれど。丸一日も一緒にいなかったのに、とても惜しい。
でも大丈夫。この人とはまた会うことができると思う。その気になれば。
SNSは交換したから、いつでも連絡は取れる。
そして私は、今度はそのSNSの友人、メグミさんに会う。
『トランク1つで生きていく』