エピソード84
サザンビーク。大きな街だが人口密度はそうでもない。
王宮お抱えの兵士が町を徘徊していて、それゆえに町民自体は大人しいのか。貿易や快楽を求めて行き交う商人の数は少なく、街全体がやや大人びた印象を受ける。
しかし食堂に入って耳を傾けてみると、休憩中の兵士たちは城のグチをこぼしていたりする。
兵「ダメ王子の儀式の件、どうなることやら」
兵「この国はいつまで世襲を続けるつもりなのかなぁ」
という具合だ。
街より城にフォーカスすべきか、という気がした。
やがて、ひと際立派な、白い鎧の兵士が店に入ってきた。この庶民的な食堂には似つかわしくない感じがする。
しかし男は席に座ると、「いつもの!」と女将に親し気に注文した。
白「町は変わりないかな?」
女「えぇえぇ、おかげさまでね」
白「そうか、良かった」
城の上級兵士だろうか。それとも他所の冒険者だろうか。城に出入りする隣国の騎士か。よくわらない。
食事を終えるとれいは、立派にそびえる城に向かって歩いてみる。
すると前庭の前の馬車置き場に、男と女の姿が見える。
男「・・・ふうん。親が戦士とはいえ、女で行商人なんてたくましいね。
俺を君の街まで連れ去れってくれないか?そのまま結婚しよう」
女「い、いえ、めっそうもございません!私なんぞの庶民が・・・!」
男「いいんだよ俺が君を選んだんだから」
女「いいえいいえ!失礼いたしますぅー!」
女は馬車にまたがり、逃げるように街を離れていった。
男「ふん。嫌な女だ」すごい態度の変わりようだ・・・。
男はぶよぶよと太って醜く、しかし上等な服を着ている。どこかの貴族の子供か。
関わらないようにしよう。れいは遠巻きに歩くことにした。参道から反れて前庭に入る。美しく植えられた花壇を愛でながら、のんびりと歩いた。城の庭園を散策するというのもなかなか良いものだ。
老いた庭師は「ごきんげんよう」と気さくにれいに声を掛けた。
「ごきげんよう」れいも懸命に微笑み返してみた。
おっと、花に見とれている場合でもない。いいや急いでもいないが、今は城に向かうところだった。
城の入口まで歩く。
れ「お城には入れますか?」と兵士に尋ねると、
兵「おぉ、志願兵か!もちろん入れますとも」とすんなり通してくれた。
すんなり通してくれたが、「志願兵」とれいを呼んだぞ?どういう意味だろう。
城を徘徊する兵士たちも、城を案じるような噂話をしている。
兵「いや~強い用心棒が現れてくれるといいんだがなぁ」
兵「余所者と近衛兵でどうにかなったらいいなぁ」
強い者が求められている?が、余所者に何かが押し付けられようとしている?ふむふむ。推理をしながら、腕を組みながら王の間を探す。
兵「お待ちください!」
れいを呼び止める声ではない。誰か兵士が、城の中で叫んでいる。何があったんだろうか。
兵「チャゴス王子!どうか逃亡なんぞ企てるのはもうご勘弁ください!」
王子が逃亡・・・一体どんな事情だろう。一見頼りない話に思えるが、いいやそうとも限らない。誰か城に彼を苦しめる者がいて、王子は辛くて逃げたいのかもしれない。それなら王子は同情の対象だ。
ドタバタという音や呼び止める声が、だんだんこちらに近づいてくる。
すると・・・
なんと、兵士から逃げようとしているのは、さっき馬車置き場で女を口説いていたぶよぶよの男だ。
兵「チャゴス王子!落ちついてくださいませ!」
チ「もういいんだ俺なんか!」
チャゴス王子と兵士の追いかけっこはれいの前を走りすぎていった。
さっきのあれが、この国の王子だったのか・・・。
ワゴンを押すメイドがひそひそと話す。
メ「いくら何でも王様が甘すぎたのよ」
メ「シーっ!台所に戻ってからにしなさいよ」咎めになっていない気がするが。
王が甘すぎるゆえに王子がだらしない、という国か。しかしだからといって、王子はどこへ逃げようというのだろう。まだ問題の核心がよくわからない。
通りすがりで、隠居めいた老人が話しかけてくる。
老「そんな立派な剣を差して。あんたも志願兵として城に来たのかね?
この城の問題に関わらなくていいよ。この城はもう終わりだ。国も終わりでいいんだよ。はぁあ。誰のことだって、甘やかしすぎてはならんのだ」
れ「あ、 はぁ」
老「報酬に目がくらんだのか?それならまぁ自業自得だな。
事件はいつも、欲深いもん同士の共犯じゃ。大抵そんなもんじゃよ」
何を言っているのか、よくわからない。