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エピソード9 『トランク1つで生きていく』

エピソード9


その日メグちゃんは、私を倉敷の美観地区にエスコートしてくれた。

江戸時代の景観が、堀川の両岸に風情よくたたずんでいる。

カメラ好きの人間にはたまらない、散策の名スポットだった。

私たちは写真館に入って、江戸時代の衣装をレンタルした。

倉敷はデニムで有名な町らしく、写真館の着物も、デニムのものがあった。

私は男物の着物を借り、メグちゃんは女物の着物を借りた。

私は髪をアップにまとめて、ちょんまげのカツラも着けた。うふふ、面白い。

するとメグちゃんは、私を男性だと錯覚したのか、

とたんに腕を組み始めた。…腕を組みたいから、男女のコスプレをしたのかも?

そしておもむろに、こんな話をしはじめた。

「わたし昨日、レズの人の気持ちがわかったような気がしたの。」

「え!?」私は思わず、のけぞってしまった!

「ううん。誤解しないで。別に体を求めてるとか、そういうことじゃないの。

 体じゃなくて、ぬくもり、ね。

 彼がいなくても、ハナちゃんのぬくもりがあるだけで、わたしじゅうぶん安らげたのね。

 それで思ったの。『別に男の人じゃなくてもいいのかもな』って。」

「ふうん。」

たしかに、人が人恋しさみたいなものを埋めるにあたって、

それが異性である必要が、あるんだろうか?

異性にしか埋めてもらえないものって、それこそ体の交わりだけかもしれない。

それ以外のことは同性同士でも埋めあえるし、むしろ同性のほうが、共感しやすいよね。

異性を求める気持ちって、つまりセックスかお金を求めてるってことなのかな?

たしかに私も、レズな人たちの気持ちが、なんとなくわかるような気がした。

レズがおかしなことだとは感じなくなったし、

むしろレズの人たちのほうが、誠実でプラトニックなのかも、と思った。


メグちゃんはその日も、ベッドの中に入ってきた。

そして昨日よりも濃密に、私に体を絡ませてきた。

私は別に、メグちゃんのぬくもりを欲してはいなかったけれど、

メグちゃんとくっつくのは、別に悪くなかった。

人のぬくもりというのは、温かくて心地よい。相手が男性じゃなくても。

そのことがよくわかった。


私は、図々しい人というのが好きじゃない。悪人には近寄らない。

私が望まないことを強要してくるような人が、まったく好きじゃない。

けれど、ときにはこうして誰かに、

予期していないことに強引に引き込んでもらわないと、

経験できないことっていうのがあるんだと、知った。気づけないことがあるな、と。

メグちゃんは、悪人じゃないし悪意もなかった。

善意から私を泊め、寂しさから私の布団にもぐりこんできた。

そうして私は、今まで知らなかった世界を、知ることができたんだ。

人と人は、面白いぐあいで織り重なっているんだなと、思った。



私は、そう楽しいことばかり追いかけてもいられないことに気づいた。

いろいろと処理しなきゃならない現実がある。

まず、熊本での仕事を上手く辞めなくてはならない。

私は、不動産会社の経理の仕事をしていた。

それは自社物件の大きな雑居ビルの中にあって、

地震によって大きな被害を受けていたので、

業務が再開できるような状態にはなっていなかった。

何度か連絡を入れたけれど、電話すら繋がらなかった。

6日目に、ようやく繋がった。

「地震のため岡山の親戚の家に避難したので、もう働くことができない。」

と告げたら、案外あっさりと、退職させてくれた。

次は、新しい仕事を探さなきゃならない。

貯金は30万くらいしかないから、いつまでも旅行気分でいるわけにはいかない。

メグちゃんは、「ここでバイト探せば?」と勧めてくれたけど、

後述する理由により、私はここでは働くべきじゃないと思っていた。

でも何か、収入源は作らなければ。

そう思ったときに浮かんできたのは、愛子さんだった。

私にも、ウェブライターとやらができないかな?

相談すると、愛子さんは私に、カメラに関する記事書きを仲介してくれた。

でも、スマホで原稿を上げるのは厳しいという。

ノートパソコン、どこかにないかな?

私はまた、SNSで友人たちにお願いしてみた。

「できるだけ安値で譲ってください!」と。

するとやはり、「5年前の型で良ければ1万円で譲るよ」という話が舞い込んだ。

パソコンに疎い私にとって、5年前だろうが3年前だろうが、あまり問題はなかった。


ウェブライターの仕事は、

簡単ではなかったけれど、手に負えなくもなかった。

研修を重ねることで、私にも記事は書けそうだった。

技術の問題と研修給の問題から、

愛子さんくらい貰えるまでには、2ヶ月くらい掛かりそうだった。


メグちゃんと添い寝し合う日々は、

なかなか心地よかった。思いのほか気持ち良かった。

私はこれまで、恋人を持ったことはあったけれど、

住んでいるのがお互いに実家だったので、

毎晩からだを重ねあいながら過ごすような日々を、経験したことはなかった。

人のぬくもりに、安らぎに包まれて一日が終わる。

それはなかなか、ステキなものだった。ストレスをリセットしてくれるような感がある。


かといって、いつまでもこの日々を続けていいとは思えなかった。

私は、私を「のり付け」してはいけない。

メグちゃんに、私を「のり付け」してはいけない。

私は、「のり付け」の危うさを理解しているからまだ良いとして、

それを知らないメグちゃんを「のり付け」するのは、たぶん、よくない。


私は、何か住み込みでできるバイトを探そうと思った。

それをメグちゃんに相談すると、

「京都が良いんじゃない?」という答えが返ってきた。

「京都にはゲストハウスがいっぱあるのよ。安宿のこと。

 いつもどこかしらが、住み込みのヘルパーさんを募集してるよ。

 お給料は少ないかもしれないけど、宿泊費はタダにしてくれるよ。」とのことだった。

京都か。行ってみたい町の1つだ。カメラを提げて、ゆっくり散歩したい。

住み込みのヘルパーというのも面白い。家賃が浮くだけでもありがたいんじゃないかな。



『トランク1つで生きていく』

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