エピソード9
ところでさ。
ミュージシャンっていうのは、ファンを獲得してナンボの世界なんだよね。
プロを目指すならなおさらだし、利益を得たいならなおさらさ。
この店の常連ミュージシャンたちも、アマチュアで満足してるわけじゃない。
マイキーはとりわけ、プロ志向が強い。
けれどそのマイキーは、ジブンとファンとの間に、あんまり垣根を作りたがらない。
ライブをしないときは、一緒になってファンの子たちと食っちゃべってるし、
ライブのときには、ファンや一般客たちを、積極的にステージに上げたがる!
そして言うんだ。
「キミだってヒーローになれるんだよ♪」
ミュージシャンがカリスマであることを切望するなら、それをやっちゃダメなんだよ。
「言う」のは良いけど、「実現させる」のはダメさ。
逆に、客とジブンがいかにかけ離れた存在であるかを、見せつけなきゃならない。
虚勢を張ってでも誇張してでも、「超えられない壁」を叩きつけなきゃならない。
「マイキーは雲の上の人なんだ!」って、ひれ伏させなきゃいけない。
そうじゃないとファンたちは、お金を払ってはくれないんだよ。
でも、マイキーは違うんだ。
音楽で食べていくことを望んでいながらも、
カリスマの虚像を背負うことなんか、望んじゃいないんだ。
そしてホントに、お客の一人ひとりにヒーローになってもらいたがってる。
彼は、ミュージシャンという枠を超えて、偉大な思想家であり、啓蒙者だよ。
そしてそんなマイキーの思想は伝播し、店全体に広がる。
毎週月曜日は、ビギナーズクラスという勉強会が開かれるんだ。
それまでライブを眺めている側だったコたちが、
ジブンもスポットライトを目指して、ギターや歌の練習をするんだよ。
指導のメインはジェシーが受け持つけど、
その時店に遊びに来てるミュージシャンたちは、自主的に先生役を買って出る。
譜面の読み方を教えたり、一緒に弾き語りしたり。
お金なんかもらえないよ?それでも彼らは、楽しそうにそれを担ってる。
僕も、その輪の中に加わってみる。
全体を見渡して、誰も先生が付いていないコのところに付いてやる。
それで、彼女たち(たいていは女の子)のやりたがってることを助けてやる。
僕は、あんまり自己主張しないように気を配ったよ。先生が足りてるなら、僕は何もしない。
僕が目立っちゃダメなんだ。
僕は別に、みんなに認められたいとか願ってないし、
居場所を確立したいとも願ってないんだ。
僕はこの店に永遠に居座るわけではないだろうから、僕は代打要因で良いんだよ。
教える側にとっても、その「教えるというプロセス」は大切なんだ。
「教えるというプロセス」のその中で、彼らが学ぶこともある。わかるでしょ?
僕は、その機会を奪うべきじゃないんだ。僕はもう、さんざんやったからさ。
僕はこの店の中で、いつにせよ何にせよ、その「便利屋」スタンスで立ち回った。
ライブのお客が少ないなら、「ノリの良い客」として最前列で盛り上げるし、
パフォーマーが欠席したなら、その分の時間に即興で歌うし、
誰も困っていないなら、カメラマンとしてライブを撮ったりする。
僕は、若い頃に音楽活動的プロセスを一通り経験させてもらったから、
もう、どれにも執着はしていないんだ。
『名もなき町で』
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