CHAPTER 39
一行は、コロッセオの狂犬を処分しなかった代わりに、町で害獣となっている狂犬がいないか、パトロールがてらにそろそろと町を歩いた。どこまでもお人好しだった。
サ「それにしたって、ちょっと実力を見せつけて優勝をかっさらったって良かったんじゃないか?」
サマルは頭の後ろで両手を組みながら、からかいまじりにローレに言った。
ロ「人と競うなんて、くだらないさ。不毛っていうのかな。
勇者の血を引く、戦闘に長けた王の遺伝子を継いで、僕は生まれた。子供の頃から国一番の兵士長に剣技を教わり、ぜいたくな食事を与えられ、実践経験も与えられてきた。大衆に比べて僕が強いのは当たり前じゃないか?貧しい家に生まれて棒切れでチャンバラしてきた子より、僕が強いのは当たり前だ。それを威張って何になる?
自慢するために舞台に立つことさえ恥ずかしい。だから僕は姿をくらまして旅に出たんだ。脚光を浴びたくないのは今でも同じさ」
サ「まぁね、わからないこともないんだけどさ」
サマルはローレに、美味しいハイビスカスジュースをおごってやるのだった。
町の喧噪の中に、人と人によるケンカやちょっとしたいざこざは見受けられたが、狂犬が悪さをしている様子はなかった。そうして少しずつ町はずれに反れていくと、小さな教会が立場悪そうにぽつんと佇んでいた。
サ「入ってみようか」サマルは一同を促した。
砂漠の国だからか?そうでない理由でか?教会の中はとても質素で、装飾芸術めいたものはほとんどないのだった。女神の像めいたものが1つ飾られている程度だ。長椅子が教会らしく並べられていなかったら、もはや教会とはわからないほどだった。
そんな教会の隅に、神父が読書をしていた。
一行は声をかけた。
神「もしや、昨日の格闘大会の方では?」
サ「ご存じだったのですか!」
神「奇妙な戦い方をした戦士がいた、と聞きました。
しかし、『狂犬を攻撃することを嫌がっていたようだ』と…」
サ「はは!わかる人にはわかるんだな」
神「通りすがりの冒険者につぶやくことでもないかもしれませんが…
この国も昔はもう少しまともだったと聞きます。
民は助け合い、汗を流しながら暮らしていました。
陽気ではあれども、見世物や暴力に熱中するようなものではなかった…。
多くの王には霊感があり、神なるものからの啓示を国造りに活かしていました。
しかしいつしか…
貿易の商人の往来が盛んになった頃からでしょうかね。
この国の民はどんどん荒れていきました。
王はやがて、政治に啓示を挟まなくなりました。
教会は求心力を失い、どんどん町のすみに追いやられ、町民も来なくなり…。
いえいえ、冒険者の方には関係のないことです。
しかし、神父さえもときには心情の吐露を必要としているということで。
懺悔とはときに、溜まったうっぷんをはらすことと同義です」
サ「あ、はぁ」
神「あなた方も何か、人知れず打ち明けたいことなどございますか?」
サ「懺悔も打ち明けも思い当たりませんが、神父さんは『龍』について何か、ご存じではありませんか?僕たち、龍を探しています」
神「龍?ヘビのように細い体をしたドラゴンのことですか?」
サ「はい。そうです」
神「そういう神がいた、という伝説を聞いたことがあります。
はるか昔のことでしょう。
龍の神は、選ばれし者に対して何でも望みを叶えたとか」
ロ「望みを叶えた?」
神「『何でも』かどうかはわかりませんな。
噂には尾ひれ背びれが付くものです。神や宗教に関する噂は特に。
神は本来、救済ではなく、『人間に生き方を示す者』です。
まぁいろいろな宗教があることを尊重しなければなりませんが、私は師からそう教わっています」
ミ「神はやがて、悪人に裁きを下すのでしょうか?」
神「そのような歴史が、何千年のサイクルで繰り返されてきた、とも聞きます。
しかし、果たして神とは何者なのか?
おそらく、世界のどの宗教もその真相を知り得ません。
各々が、自分の見聞きしたことを後世に伝えているだけです」
サ「尾ひれ背びれを付けながら(笑)」
神「そうです。
龍の神がこの世界を造ったのか?
それもどうも現実的ではないように思えます。
神とは何なのか?創造の主のことを『神』と呼ぶ人もいれば、天啓の主のことを『神』と呼ぶ人もいるでしょう。
龍の神というのは、何か民に重要な啓示を与えた者のことかもしれません。
そして、あなた方の探す『龍』とその『龍の神』が同一なものかさえ、定かではありませんな。
龍がたくさんいることすら考えられます。
…いやはや、話が要領を得ませんな!申し訳ない」
サ「神父さんはクレバーですね!」
神「静かにじっくり考えていると、何かが『違う』ことはわかってきます。
しかし何が真実であるかは、考えるだけではわからないものに思えます」
ミ「深いお話ですね…!」
神「して、『龍がどこにいるか?』が本題でしたね。
よくわかりませんが、快楽に溺れる場所に龍はいないでしょう。
もし龍がこの世界の観光旅行に繰り出すなら、グビアナはきっとずっと後回しです」
聞ける話はここまでかと察した一行は、深々と礼を言った。
教会から去ろうとするとき、神父はミユキを呼び止めた。
神「おやあなた、教会に何か縁(ゆかり)をお持ちでは?」
ミ「え?わたくしですか?
昔、幼い頃に修道院で育ったことがあります」
サ「あまり良い思い出じゃないんだ。掘り返さないでくれますか?」
神「いやいや、身の上話は伺いませんよ。
ちょっと引き出せるものがありそうです。
こちらへおいでなさい」
ミ「なんでしょう…?」ミユキは戸惑いながらも神父のそばへ寄った。
神父はミユキの頭にそっと手を置いた。
何をする気だ?一行は少々警戒しながら様子を見守る。
神「ぶつぶつぶつ…」神父は小声で何かを唱えている。
神「むーーん…はっ!!」
ミ「え!?」ミユキは恐る恐る閉じていた目を見開いた。
神「はい、もう良いでしょう」
ミユキの全身の毛が逆立つ…ようにエネルギーが溢れるのを感じた!
ミユキはベホイミを覚えた!
ミ「えーーーーーーー!!??」
ロ・サ・ム「おーーーーーーー!!!」
ミ「神父様、ありがとうございます!!!」
神「良かった良かった!」
サ「教会の神父さんってみんなこんなことが出来るんですか?」
神「いや、そんなことはないでしょう。
実はね、私、グビアナの王族の血を少し引いているんです。
昔の王たちには霊感があると話したでしょう?どうやら私もその宿命を継いでいるのです。
…このことは誰にもナイショですよ♪」
教会での出来事に興奮冷めやらぬまま、一行はさらに歩いた。
害獣はいなかったが、見たくないものを目撃してしまった。
町はずれの路地でのことだ。一人の少年がなにやら小さい生き物を追いかけている。
少「こらぁ!家から出ちゃダメだってばぁ!」
よく見れば、ドラゴンキッズとイヌの雑種の幼体だ!
ロ「君!それ、飼っちゃいけないんだよ!知らないのか!?」
少「だってぇ、かわいいじゃんか?べー!」いけないことだとは認識しているようだった。
王が王なら、民も民だ。ローレは思った。
ロ「出よう。この城は」一同は静かにうなずいた。
『転生したらローレシアのメイドさんだった件』