CHAPTER 4
夕刻。少し早いが今晩の宿をとることにした。
リリザの町の宿屋に向かう。
宿「旅人の宿にようこそ!
2名様だね?レディをお連れだ!
うちは小さい宿でさ、今日は1つしか部屋が空いてないんだが…」
ミ「え、どうしましょう!」
ロ「問題ないよ。泊めてくれ」
ミ「えーーーー!!!
ままままさか、ローレ様と1つのお部屋で!?」
ミユキは赤面しながら言った。
ロ「いや、彼女だけを部屋に通してくれ。
僕はロビーのソファで寝るよ」
宿「おっとこまえだねぇ兄さん!」
夜、二人は宿に併設するバーで夕飯を食べていた。
店には町の住人がちらほらりと飲みに来ている。
酒が入り陽気になった客が、二人に絡んできた。
男「よう兄ちゃん。
若いもんが《石のオノ》はダサすぎるぜおい!
原始人かおめーは?」
ロ「ははは。どうも」王子は口論も酒呑みも好まないので、さらりと交わそうとした。
男「そんな野蛮な武器振り回してたらよう、ローレシアの王子みたいに筋肉バカになっちまうぜ!
あいつ、怪力はすげーけど魔法はさっぱりだって聞く。ロトの血を引いてるってのになぁ?がはは!」
ミ「ムカっ!
ローレシアの王子は筋肉バカじゃありません!
そろばんの腕前だって兵士団の中で…」
ロ「まぁまぁまぁ。陽気な人に水を差すなよ。
すみませんうちの者が」
男「けーっ!女と旅なんかしやがってよぉ!」
ロ「場所を変えようか」
二人はブドウのジュースを買い、宿のロビーに座り込むことにした。
ロ「はぁ。色々あるもんだなぁ城の外は」
ミ「本当に!失礼な人ばかりですわ!」
ロ「それにしても、この国はもっと統率が取れてると思っていたよ。
民は国王に対して従順で、平和な人ばかりだと思ってた。
そうでもないことを思い知ったよ。
城の中にいては見えないものが、たくさんあるもんだ…」
ミユキはためらいながらも切り出した。
ミ「ローレ様。
わたくしの部屋で話をしませんか?
ここで王だの城だの話をするのはまずいです」
ロ「だが…」
ミ「良いのです。女が良いと言えば、良いのですよローレ様」
二人はさらに場所を変えた。
宿の客室は、粗末なベッドにレターデスクがあるだけの小さな部屋だった。
ミユキはベッドに腰をおろし、王子はデスクのチェアにゆるりと腰かけた。
ミ「今日も一日お疲れ様でした。
不細工なオノを担いでいたって、ローレ様はちょっとイケメンですのよ」
ロ「イケメン?それはどういう意味なんだい?」
ミ「あぁ、容姿が端麗という意味でございますローレ様!」
ロ「そうか。どうも。
それにしても君は、僕のことをローレと呼んだり、イケメンがどうとか言ったり、時々奇妙な言葉を使うもんだね。しかも魔法が使えるだなんて…。
そういや、いつから城で侍女をやっていたんだっけ?」
ミユキは動揺に表情を硬くした。
ミ「………ローレ様。
わたくし、ローレ様と同じなんです」
ロ「同じ?どういう意味だい?」
ミ「わたくしも、親に捨てられた身でございます。
城の侍女となる前、わたくしは修道院で育ちました。
わたくしの母親は、ミユキが幼い頃に修道院に捨てていったのです」
ロ「………。
みなしご、というわけか。
そうか。すまなかったね気遣ってやれなくて」
ミ「いいえ!わたくしはもう、みなしごに慣れておりますから!
ローレ様に気遣っていただくのではなく、わたくしがローレ様の寂しさをわかってさしあげたいんです!」
ロ「それは、ありがとう」
王子はミユキの《ホイミ》に命を救われたが、しかし未だ彼女は旅の足手まといになるだろうと案じていた。しかしそう邪険にするわけにもいかなかった。果てはミユキがみなしごであると知り、王子は益々、ミユキをどう扱ってよいのかわからなくなった。一人で野に放つわけにはいくまい。
ミ「………。
少し、お話をしてもよろしいですか?」
ロ「あぁ、かまわないが」
ミ「わたくしにはもう1つ、出生の秘密があります」
ロ「というと?」
ミ「ローレ様。
この世のものとは思えない、奇妙なことをお信じになられますか?」
ロ「王族でない君が《ホイミ》を使ったことを、僕は疑ったりしていないよ」
ミ「はい。それだけではありません。
ローレ様…
『転生』というものをご存じですか?」
ロ「テンセイ?何のことだい?」
ミ「わたくし…。わたくしは…おそらく、
この世界の者ではありません」
ロ「幽霊かい?君の体ははっきり見えるよ」
ミ「いいえ、体はちゃんとございます。
心が…魂が、この時代のこの世界の者ではございません」
ロ「!!」
ミ「………。
わたくし、修道院に来る前のことも覚えているんです。
わたくし、こことは全然違う世界にいました。
馬車はキラータイガーよりも速く走り、それどころか乗り物が空を飛ぶ文明です」
ロ「乗り物が空を飛ぶ!?
君は、昨日見た夢の話をしているのか?」
ミ「いいえ、違います。それが転生というものです。
西暦2000年の日本という国で、わたくしは看護師をしていました。お医者さんの侍女です。
救命病棟で眠る暇もなく働いておりましたら、いつしかまぶたが石のように重く重く、眠くなったのを記憶しています。
…そして気が付いたらわたくし、修道院に連れてこられたばかりの3歳の少女でした」
ロ「よくわからないな。
君は、言葉や文明の異なる異国から来たのか?」
ミ「いえ。…えぇ、そのようなものです。
よくわからないのは当然です。誰も理解のできることではありません。
重要なのは…
わたくしを人間として、受け入れていただけるかということです!」
ミユキは両手の拳をぎゅっと握って、ぎゅっと目をつむった。
ロ「当然だよ。君はもう長いこと、僕らの従順な侍女だった。
頭で考えなくたって、君に対する一定の信頼がある」
ミ「でも…
王族以外で幼くして魔法を使うのは、悪魔だと思いませんか?」
ロ「悪魔なのかい!?君は!」
ミ「いいえ!
修道院では…そのように罵られました。
院の友達が大けがで倒れたとき、わたくしは思いがけず、癒しの魔法を放ちました。
それを見て、皆はわたくしを恐れました。
王族でもないみなしごが魔法を使うだって?悪魔の手先か!と」
ロ「それで、魔法のことを誰にも話さず生きてきたんだね」
ミ「はい」
ロ「僕は、良くも悪くも庶民ではない。
普通じゃないってことだよ。
だから、君が普通じゃないとしても、それを気にはしないさ」
ミ「ローレ様…!!」
ミユキは目に涙を浮かべて王子に抱き着いた。
ロ「ほら、ベッドにお戻り。
そしてこれからも、大丈夫だよ。
冒険者が少々魔法を使っても、誰も驚きはしない。
ただし、破壊の魔法を使わないことだ。それは迫害の火種となりかねない」
ミ「大丈夫です。わたくし、《ホイミ》しか使えないのです」
ミユキは安堵の笑みを浮かべて、涙をふいた。
それは、ミユキが夢見た未来だった。
いつか、城をも出たかった。
ありのままをさらけ出しても、自分を罵る者のいないところで生きたかった。
親もなく、帰る場所もないなら、遥か遠くまで行きたかった。
『転生したらローレシアのメイドさんだった件』